FC2ブログ

  心のファインダー

あじさいA

この時期、ちょっと目を移すととても素敵な光景に出会うことが出来るから嬉しい。

中学に通う頃からとても写真に興味を示すようになり、白黒のフイルムを入れてよく撮影に出かけた
ものだ。
ご存知のように、昔は「現像」してみないとどんなふうに写っているかは全く分からない。
押し入れを現像室に作り替えてあの真っ暗な中で現像作業したことを覚えている。

高校に入ると体操で忙しかったこともあり、それほど思い出に残る写真は残っていない。
それでも、私の親友が同じ体操部の女性を好きになったことが判明し、修学旅行など36枚撮りの
フイルムを20本も買って彼女を写しまくったことを覚えている。
その写真が縁で2人は付き合うことになったが「出会い」や「縁」の不思議さは何かそこから始まった
ような気がします。

友だちになったり等はそれを意識してスタートさせたことは一度もなく、私の「出会い人生」は不思議
なくらい素晴らしいものとなりました。

同級生だから、同僚だから、同じクラブの部員だから等々で友だちになったり生涯の友となったりする
訳ではありませんね。
体操一筋の私にガールフレンドが出来る訳でもなく、ひょうひょうとした毎日だったように思います。

そのひとつに、何かに打ち込んでいる時って「彼女」や「彼」の存在はまた別物だったんですね。
題名は忘れましたが、昔こんなテレビドラマを観たことがあり、それは今でも感動した作品のトップクラス
で覚えています。
もしかするとそれが私にとっての青春の始まりだったかも知れません。

そのドラマの題名も出演者も忘れてしまいました。 確か、男性を石坂浩二が演じていたような・・・
そのドラマは、青年医師が自らの研究に没頭し、見向きもしなかった女性アシスタントの心を最後に知る
という難しい内容でした。

青年医師は医学会へ自らの研究を発表するまでの苦闘が描かれていたものですが、世界的に権威ある
称号を手にするまで研究に研究を重ね、寝る間もない数年間が描かれます。
傍らで献身的にサポートする助手が居た訳です。
それは、来る日も来る日も研究研究に明け暮れる毎日。  そんな青年医師を健気に支える助手の気持
ちがさりげなくももの悲しさを併せ持って綴られていました。

いよいよ、学界に発表の日がやってきます。
この研究の成果はノーベル賞ものだったと思います。
ところが、発表の前日に「号外」として新聞やテレビにその研究の成果が公表されたのです。しかも別の
研究生(医師)の名前で・・・!!
発表した彼は一躍有名になります。  実はこれこそその研究は全て盗まれてしまったものでした。

本来の研究者は長年の苦労は無駄となり、どん底に突き落とされる訳ですが、そのときコーヒーを入れ
ながら彼女(助手)が先生につぶやきます。  「私の履歴書知りたい!?・・・」と。
つまり、青年医師は何年も何年もすぐそばで助手として彼を支えていましたが、彼は研究バカで相手の
心の内などまったく分からなかった訳です。
青年医師が大好きだった助手。 しかし、甘い話ひとつする訳でない彼のそばでまさに献身的に支えて
いましたが、その根底には彼が大好きというくだりがあったわけですね。

履歴書をを見たくない・・・・!?というのは自分のことをきっと何も知らないであろうからと生年月日から
エンディングで流れる履歴書。 おそらく多くの視聴者がきっと涙したはずです。

これはドラマでしたが、世の中には溢れんばかりの出会いでいっぱいなはずですね。
この出会いを得た者が本物の友となり師弟関係となり、伴侶等々になるのかと思うとその出会いの妙味
は半端じゃないように思います。

写真が好きだ・・・・と言いました。
昭和の終わり頃から私にもそのチャンスがやって来ました。
新聞社主催の写真コンテストの入賞、平成の初めには我が子を撮った1枚がフジカラーのほのぼの写真
コンクールで優勝。 ショッピングセンター「ダイエー」の全店(全国)でその作品が紹介されたこともあり
ました。
好きということで仕事ではプロのデザイナーと一緒に勤めていた会社の企画開発部のスタッフとしてい
ろんなことを経験させて頂きました。
プロと接していると本当に学ぶことだらけです。

ものごとに真剣にぶつかっているとその道のプロとは心が通じ合えます。
そして、見たことも、行ったこともないような出会い(人・場所・もの)に多く出会えました。

美しいものを見る目。 これも素晴らしい特技になるんですね!!
そして、この見方が変わって(成長)行きました。
同じものを見る場合、可愛い・綺麗・素晴らしい・・・等々その感動感想は幾重にも拡がりを見せます。

最終的に井村君江先生に出会う訳ですが、ここでものの見方について大きく自身の変化を見つける
ことになりました。
前に、四つ葉の話をしたと思いますが、嘘のように私は四つ葉を発見(み)つける名人になりました。
その場にしがみつき、10分も20分も探すことはありません。
嘘のように思うかもしれませんが、まるで四つ葉に招かれててでもいるように私の目は四つ葉に向いて
しまうのです。

カメラを持って花を見つけます。
相手(花)と話しが出来るようにカメラを向けることが出来たらしめたものです。
つまり、会話が出来るような気がした瞬間右手の人差し指が動きます。

出会いとは、人と出会うことだけが出会いではないんですね。
その人の心の持ち方でどのようにでも出会いの道は開けます。

上京して恵まれたことに私はいくつかの会社を役員として迎えられました。
特に畑違いであった建設業などではそれは凄いバッシングに遭ったこともあります。
つまり、専門知識が無いからに他なりません。
しかし、私には神がかり的な営業があったから本当に幸いでした。
相手(ひと)の心を開くことで営業は出来るという典型でした。
自慢で言っているのではなく、これはなかなか真似のできない芸当なのかも知れません。

出会いや縁を人一倍大切に出来る心根はどんな場所でも通用したのですね。

写真を撮るとき、カメラを向ける被写体が好きであればものは簡単です。
美しく撮るのは決して技術ではなく心だってことが必ず分かります。

20歳代前半の頃、倉敷から瀬戸内海に向かうとそこには水島というコンビナートがありました。
X線の技師になろうと非破壊検査の仕事に立ち向かっていたころ、朝が早い私は日課のトレーニングを
していました。
ある日、バーベルで鎖骨を負傷した時のことです。 鎖骨を痛め、うずくまっていると一人の化粧品の
セールス(女性)がやって来て、私をみるなり瞬時の手当てをしてくれ水島の病院を教えてくれました。
診察の結果「鎖骨骨折」でした。
東京(伯母の家)に帰り静養しましたが、そのまま水島には帰らず1ケ月後に私の名古屋生活が待って
いる訳ですが、再出発となりました。
たった、5分も居なかった化粧品のセールスの女性。 もうおばあちゃんになりましたが、今でも交流が
あります。

静かな夢

私はいつも思います。  今でもまだそう信じて人生を歩いています。

人の心ほど確かなものはありません。 人間だから素晴らしいのはそこなんですね。
でも、人の心ほど不確かなものもないと言えるでしょう!!

感謝し、感動し、泣いて笑って歩いています。
でも、心を大切にすることで得られる喜びは限りがありません。

簡単にものを手に入れようとか、便利さの追求だけでは生涯この素晴らしい「心」に出会えないんです。
何かが美しく見えるのは、見る人の心が綺麗だからとよく耳にしますが、決して恩にきせるのではなく、
素直が前面で思いやる心あれば必ず素晴らしい出会いに巡り合えます。

梅雨の合間でさえ美しいものでいっぱいです。
考えてみたら、当たり前なことですが、人間はいつか必ずこの世を去ることは間違いありません。
お金を遺すより「心を遺せる大切さ」に気づいたらどんなにか素晴らしいでしょうね!!

昨今は結婚しない人が増えているそうですが、勿論「結婚」が全てではありません。

生きることで、生活することでいっぱいな若者も少なくありません。
しかし、人間は決して一人では生きられないんですね。

どんなにお金があっても、どんなに年をとっても「一人」で居られない典型があの億万長者の生き方
でしたね。
女性をそばに置きたい。 これは色恋を超えて人間の本音でしょう!
お金があることで出来た縁。 結局殺されたじゃないですか!?

心で生きていたら、心で生活していたらきっと素晴らしい「縁(であい)」はいっぱいあったんだと思えて
なりません。

挨拶に笑顔を添えたら「お嫁さんに欲しい・・・」と言われるよ!
こんな話を名古屋時代社員教育でしたことを覚えています。
そしたら、1年後くらいに毎日送迎してくれるタクシー会社の運転手と結婚することになった現実に正直
びっくりしたものです。
その頃彼女は「本当でした! 挨拶ってすごい!」・・・と言われたことをよく覚えています。

縁も出会いもその人の心がそうさせるもの。
「挨拶は人の心を開く鍵」・・・・とよく社員教育で力説しました。

縁や出会いの少ない昨今。 あるんだろうけどものに出来ない現実かもしれません。

いつも言うように「スマホ」時代が必ず人間崩壊につながると言い続けて来ましたが、ものは使いよう
なんですね。

ものを使うのではなく、心を使うことに心がけてください。
周りには素晴らしい出会いの妙味でいっぱいなはずです。

綺麗な心でファインダーをのぞくと何が見えるか!?
見た人にしか分からない多くの喜びがいっぱいなはずです。


  上から目線(パワハラの原点)

シャンクリン2

地球上にはまだまだ「おとぎの国」がたくさんあることを知っておかなければならない。

私も海外にはいろんなところに出かけてみましたが、中でもイギリスの旅は今でも語り継
いでいきたいトップです。

それは有名なロンドンではありません。
確かに、歴史があり伝統ある国ですからバッキンガムやビックベン等々とても厳かでその
歴史からかどこを観ても別世界を感じます。
ところがもっと驚いたのがワイト島にあるシャンクリンや、コーンウォールのマラザイアンは
本当に妖精が棲んでいるまさに夢の地域でした。

妖精2

この地球上にこんな素晴らしい光景(写真)を観ることがまだ出来るんですね。
まさにフェアリービレッジと言えませんか!?
仕事とは言え、これらケルト民族が移り住んだと言われる地に実際足を踏み入れてみると
言葉の要らない素晴らしいおとぎの国だということが分かります。

昨今、諸外国の有名な俳優や政治家のパワハラが話題になっていますが、これは外国に
収まらず日本にもずっとずっとはびこっていて、平成が終ろうとしている昨今でもまだこの
パワハラ問題が世間を騒がせています。

昨日のニュースで例の日本レスリング協会であの栄監督が謝罪会見をしていたようですが、
まったく謝罪になっていない姿に唖然としました。
つまり、なんでこんなに騒いでいるんだろう・・・と他人事なんでしょうね!
逃げ言葉、つまり言い訳をするようになったら「終わり」という典型的なものでした。

私も、若者の面倒をみていてつくづく思うことがあります。

私の場合、それは生徒さんやお弟子さんだからではありません。
それが若かりし頃勤務していた社長にでも全て本音でぶつかってきました。
でも、どんなに進言や忠告をしても、よほど人間の出来ていない限りその殆どが自分は正しい
となるから厄介でした。
極端に言えば自分の意見が通らなければその相手を外しにかかるなど日常茶飯事です。
従ってそうした企業は必ずと言って良いほど結果的に衰退の途をたどっているのが現状。

つまり、企業は人財なんですね。
それが自分優位と錯覚をし好き勝手な振る舞いなんて言語道断でしょう。

今回の栄監督の謝罪会見をみて、これが現在の日本のパワハラ発生の根源なんだと確信を
もって言えました。
謝っているのではなく、その殆どが「言い訳である」ことでそれが分かります。
偉くなったとの錯覚がいくら言っても「言い訳だ」ということが分からないんですね。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。 これを三大英傑と言います。
英傑は色を好むと言って、今では考えられない自由奔放な時代だったんですね!
その象徴が「大奥」ではないだろうか!?   今流に言えば好き放題です。
その中にはよくドラマにみる悲喜こもごもであったことでその情景がはっきり判ります。
しかし、良いことでは無いでしょうがその時代にしては「責任」のとれる行動であったことも
見逃してはなりません。

今ある日本はそうした歴史を乗り越えて出来上がったものです。

諸外国の観光客の人たちに10年も接して来て思うこと、また自身が海外で感じたことの
その殆どが「日本は素晴らしい国だ」・・・・ということです。

私みたいに容赦なく経営者や役人等々に遠慮なく進言できるのは「生き方に信念がある」
からなんだとつくづく思います。

前に設立した会社は時代にあった事業で大成功を収め200坪の土地に大豪邸を築きました。
しかし、15年で会社を閉めざるをえない状況に追いやられたのです。.
原因は社員の詐欺横領等加えて生産性の激減でした。
私はここで多くのことを学びました。
つまり、良い会社には応募は増え、いろんな人材(若者)が入ってきます。
営業を経験した人なら分るでしょうが、営業(開拓)をするって並大抵のことではありません。
上辺は綺麗に見えますが、営業で仕事を獲ってくるということは本当に大変でした。
今思えばよく頑張ったとつくづく思います。 企画力は人一倍あった方で全国車で走り回りました
ね(営業)  凄いのは営業で仕事が獲れない日は片手にソーセージ、片手にオロナミンC1本。
それが私の夕食でした。
獲れなければ食えないんだぞ!! そう自分に言い聞かせて駆けずり回りました!!
社員が30名になっても変わりませんでしたね!!
昔で言う「根性」でしょうか!?   社員が居ると食わせなければいけないからですね。
私が豪邸を建てたとき、友人も親戚もびっくりしたものです。   
それでも、自分が食わしているんだなどそぶりを見せたこともありません。 会社が綺麗で企画の
仕事は若者には華やかに見えたはずです。
人を大切にすることで、真摯に仕事に向き合うことで本当に多くの顧客を獲得することが出来
ました。

私がNHKのエンタープライズや、学研と組んで私の提案した「妖精の里」を創るという企画
は大変な事業でした。
それでも地域振興事業の一環として立ち上げたその企画は大成功裏に終わりましたが、それ
以上に自分を成長させるに大きな役割を果たしたのです。

しかし、なぜ会社を閉めざるを得なかったか、法人化するまでに10年かかり、会社組織にし
て15年。  それが失くなるんですからね。
今でも大きな夢に向かう若者を応援しようと性格って変わらないもので「若者を信じ」その夢
の実現に手を貸しています。

全てとは言えませんが、ここで夢を実現できる人間とそうでない人に遭うんですね。
夢はそれぞれ本人のものですから、そこまで言わなくて良いのですが、それぞれの「夢」を
聞くから応援しようとなる。  しかし、何年経っても実りや可能性を感じないときには叱咤
することもあります。
ところが、この叱咤ということを「よし!」・・・という発奮材料に変えられなくなった若者が多
くなったということです。

私はここでつくづく思うのです。 みんな憧れるから、好きになるから夢に向かおうとするん
です。
しかし、聞くと「やっています」「頑張ります」「初心に帰ります」・・・と返って来ます。

このことで私は会社を失った経験をしっかり踏まえ自分を見失うことなく若者の発奮を待って
います。
どうしてそうなったんだろう!? 沢山考えます。 真剣に!!
つまり、「自分に嘘をつかない」人が少ないということです。 それぞれ本人の夢ですから極端
に言えばどうなったって仕方のないことです。
でも、私のやっていることで「応援」できるなら・・・とくすぶる発奮に火がつき応援してしまうん
ですね。

ただ、これは自分の身の周りのことです。
社会で起きている諸事件はやはり上に立つ者の資質であったり人間性の問題が大であること
が本当によく分ります。

何度も何度もスマホを引き合いに出しますが、便利さが人の心を奪う時代です。
便利に育って欲しくない!
その理由は間違いなく「便利さが人間(ひと)の心奪ってしまっているから」です。
人間は心を持っています。 心で会話できなければ人間は崩壊してしまうんですよ!

課題のパワハラというのは間違った指導の典型です。
日本舞踊に関わっていて最近つくづく思ったのは「浅草」よりこれからは「神田」だよ・・・!?
という御仁に遭ったときのことでした!!!  誰がそんなことを信じるでしょう!!
それは自分の意見を押しつけている他ありません。  本人はそれが判りません!
浅草を訪れる観光客の人数と神田を訪れる人数。 一目瞭然です。
社長で言えば、「俺が使ってやっているんだ」や指導者で言えば「俺が教えたんだ」・・等々
つまり優位性を前面に出す人物は爆弾を抱えていると言って間違いありませんね。

社長は偉いんでしょうか!? 監督は・・・国会議員は偉いんでしょうか!?
最近の不祥事や事件を見れば「人間性」を問われる御仁だらけです。
しかも、いつまでもその地位や部署にしがみつこうとしている。 潔さの無い典型ですね!
月々100万円払うから俺の女房になれ!!!!  言語道断ですが、それを受ける人間が
居るという現実です。

謙虚でいること、感謝の心を持てるから日本は素晴らしい国として世界に君臨しているのです。

先日の米朝間の会談でアメリカの政府関係者が言っていました。
「親族を殺害し、しかも国民を貧しさのどん底に追いやって平然としている人間など決して信じ
てはいけない・・・」と。
いくら駆け引きであっても「信じる」ということを駆け引きになど使うものではありませんね。

総理も国会議員も、北朝鮮の拉致家族に対して仕事だなどと思っているから涙ひとつでない
のです。
先日5歳の本当に可愛い女の子が育児放棄さながら死に追いやった男と女がいました。
(私はあえて両親とは言いたくない) テレビを見ていて涙が止まりませんでした。
おそらく、あのテレビを見ていた人のどれだけの人間が涙を流してんでしょうか!?
「しつけ・・!!!?」 笑わしちゃ~いけないよ~!!という言葉があります。
出会いの難しさの典型ですね。 「あの人間(親)に出会わなければ良かったね」
後悔なんて言葉で済まされる問題ではありません。  それは会社の社長でも学校の教師
でも、みな同じことが言えます。
日本舞踊教室へ通う多くの生徒さんを見て、「良い職場環境であるといいね」「素晴らしい上司
の下で働けるといいね・・・」そう思えてならないのは、教室に通いたいとする生徒さんはみな
本当に美しい心を持った女性が多いと感じるからです。
私は面接のときに、初対面ですがこれだけは必ず伝えています。「日舞を習い、自分磨きを
するのは勿論ですが、何気ない波島先生の動向に触れなさいね。そこから学べることは踊り
以上の収穫がありますよ・・・」と。
それは、習い始めて2ケ月もすると決まって「こんな素晴らしい先生に会ったことがない・・・・」
と言ってくれることが何よりの裏付けです。
私も多くを知っていますが、日本舞踊の世界も日大問題どころではない封建的で割と威張って
いる師匠が多いことです。何を勘違いしているんでしょうね。
他の流派で学んできた経験者に聞いたことがあります。「私は先輩に本当に意地悪をされた!!
想像もつかない厳しい指導だった・・・」「新しい人には私もそのように厳しく教育する・・・」と言う
のです。
相当威張られた経験があるんだなって判ります。
その辺に問題(げんいん)があるのかも知れませんね。 先輩にきつく当たられたから自分も
その時代が来たらそうするんだ!!!!???  ナンセンスです。
波島は、何ひとつ特別なことをしていません。 私の教室に来てくださっている大切な生徒さん。
まずそれが根底にあるんでしょう! つまり初めから感謝しているところです。
それに加え指導力の素晴らしさ、作品(ふりつけ)は全国からくる注文依頼で証明されています。
こんな先生がバカをみることがあってはいけない・・・ということで若者の道がそれそうになった
軌道修正を私がフォローしているということです。
私に力が無かったから会社を閉めざるを得なかった。 今またオーナーとして、これだけの日本の
宝(波島陽子)を守らない訳にはいかないんですね。

パワハラもこれらのことも全て「心の持ち方」以外にないのです。
人間は人を愛し花を愛でる術を知っています。
どうしてこんな簡単なことが正常化できないのか!?  それはとても簡単なことです。
自分の思い通りにいかなくお店で泣き叫ぶ赤子以下でしょう。
自分の思い通りにいかないのは「指導力の無さ」のなにものでもありません。
指導に愛情があればなんの問題もないのです。

妖精3

妖精の企画で井村君江先生にじきじきに学んだこと。
私は学生時代から花が大好きでした。 子供の頃、家には季節の花が咲き乱れていました。
桜の花、藤や牡丹、大きなダリア 丹精込めることを祖父から学びました。

よく、四つ葉を見つける名人だと自身思っているのですが、20歳を過ぎた頃からそれはしっ
かりした記憶として今でも覚えています。
近年は、隅田川周辺を散歩することが多いせいか、隅田川沿いでよく四つ葉を見つけます。

28年も前に井村先生と旅館の裏山を早朝に散歩していた時にやはり「四つ葉」を見つけま
した。  「先生! ほら・・・!!♬」とその四つ葉を先生に渡したときです。
「あなたは妖精です。 妖精は妖精とお話が出来るんですよ♬」・・・・と言われたことを昨日の
ことのように覚えています。
私がそうだというのではなく、先生のお話は「心の綺麗な人だから決して珍しくはないのよ」、
「これからも数えきれないほどの妖精にきっと会えるでしょう」・・・・と。

井村先生は世界的に有名な妖精の権威で博士です。
そしてイギリスで沢山の妖精の棲む町を案内して下さいました。

妖精4

五つ葉の写真。 私は最高7つ葉を発見(みつけ)たことがあります。
散歩していて五つ葉・六つ葉にも遭いました。  これは事件だと思ったほどです。

最後に掲載した写真も小鳥に見えませんか!?
つまり、心の持ち方で素敵なもの、素晴らしいことに沢山出会います。

経営者に再度なって、今尚人が好すぎると友人に言われます。
裏切られたとか、損をするからと思えば何一つできません。 何かを相手に求めなければ腹
のたつことはありません。
指導出来れば怒る必要もないのです。 人間は周りや世間にチヤホヤされると勘違いする人
でいっぱいです。
正しいことをやっていても「自分に不利」な発言を耳にするとただそれだけで不平分子の塊と
化してしまいます。
本意の伝わらないときに迫る淋しさ辛さははかりようもありません。
夫婦でさえ伝わらないことなど山のようにありますが、それは全て相手を思いやることで解決
するということを知って欲しいですね。

芸能人が、様々な指導者が、「自分は他の者とは違うんだ」とか、「俺がやってあげているんだ」
の心が膨れ上がって間違った発想につながるんです。

人間は誰にでも失敗や間違いはたくさんあります。
「失敗したっていいじゃない」、そこから得るものは沢山あるんだから。

妖精の仕事からとうとう多くの妖精(せいとたち)に囲まれて好きな仕事が出来ることは本当に
幸せです。
波島陽子に出会えたのも井村先生の言う通りでしたね今考えれば。

やれば出来る。 出来ないのではなく「やらないだけ」なのだ・・・と若者に告げたい。

パワハラは勘違いしているのだ! 人間(ひと)を大切にする人にまったくそれが無いのは人
として謙虚で優しいからなんです。

世界中が注目する日本。 美しい心を育てながら東京オリンピックを国民挙げて成功させ様
ではないか。
偉いとか、立派というのは周りの人が言うことであってそれにあぐらをかいているようでは「最
低の人間」と言う他ないのですよ。

いろんなことがあっても、「覚悟」を決めて歩いて欲しい。
それでも、覚悟ってとっても孤独だってことがいずれ痛いほど分かります。
そうしたことに打ち勝って、死ぬまで「自分磨き」に励んで欲しいと思います。

人生100年の時代がまもなくやってくるのかも知れません。
いつまでも若々しくいる秘訣は「心の持ち方」以外にないことがきっと分かる日が来ます。

波島陽子のおかげでしょう。 素晴らしい生徒さんの中で頑張れる自分は本当に幸せです。














  覚 悟 3  (波島陽子)

波島陽子

波島陽子が芸能生活を始めて32年になりました。
30周年記念の舞台はご存知のように浅草公会堂でその盛況ぶりは話題となりましたね。

一番嬉しかったのは、同じ舞踊家さんが沢山観に来てくださったことです。
それは、その後のお手紙やメール、また振付作品(DVD)のご注文の多さで分かります。

「これほど美しい舞をみたのはどのくらいぶりでしょうか!?」
パンフレットに、「心で舞う」・・・とか、「舞の美しさに魅せられて」とありましたがまさにそ
の通りでしたね・・・・等々数えきれない称賛の声。

昨年秋に頂いたお手紙には、「お弟子さんに陽子先生の作品を踊らせましたので是非
見てください・・・」と金沢からDVDが同封されていました。
ご自分のお弟子さんの映像を送られた先生は公演後この春までに7名ほどいらっしゃい
ました。  それだけで十分です。
私はその都度波島教室のお弟子さんにその話をして来ました。
それは、教室の生徒さんがキチンと師匠の意を継いで踊れていることへの称賛を込めて
です。

確かに、全国から戴くご意見でもうひとつ共通している言葉が、「浅草で、陽子先生から
直接お稽古して頂ける生徒さんがうらやましい・・・・」との声です。

ご存知のように、いろんなことがあって日本舞踊は衰退がささやかれております。
生徒さんもどんどんその数を減らし「発表会」どころではなくなっているのが現状です。
費用もかかる関係でそれぞれ別の踊りの会が寄り合って合同で「発表会」を開催して
いるのはもう決して珍しくない現実となりました。

しかし、驚くのは今の波島陽子日本舞踊教室の隆盛ぶりです!!
今年に入ってすでに12名の新人さんが入会され日々お稽古を楽しんでおります。

私に届く新人さんからのメールは、「楽しくって仕方がない」が殆どです。
昨日8才の坊やがお母さんに連れられて体験にやってこられました。
入会希望体験で「一番動ける体験者ですね・・・・」と波島。
私もお母さんの隣でその体験風景を観ながら・・・・「えっ!なになに・・・・?」
「凄い凄い・・・」の連発 !!!
8才のボクは小学校へ上がる前から歌舞伎や大衆演劇、時代劇が大好きなんだそう
です!!!?

それで、現在は「大衆演劇を将来やりたい・・・・」とのことで日本舞踊教室を探されて
いたとか!?

「どうして波島教室を選ばれましたか!?・・・」との質問に、大衆演劇を見に行って「将
来僕は大衆演劇をやりたい・・・」と言ったら「それではどこかでしっかり日本舞踊を習って
からいらっしゃい」・・・と座長さんに言われ波島教室を紹介されたそうです。
正直、素直に嬉しかったですね。「そうですか、劇団の方が・・・」

実際に大衆演劇に出演していた人ももう一度基礎から勉強したいと入って来てもう
かれこれ8年が過ぎようとしているお弟子さんもいます。
また、中学の美少年も同じく他の大衆演劇をやっていながら密かに波島教室へ通い
ました。

私は、波島の何がそんなに違うのだろうか・・・!?と本当にいろいろ考えました。
行き着いたのが「心で踊る(表現)」ということに尽きましたね。

何年か経ってこんなふうにまとめることも出来ました。

「優しい心、想いやる心、敬う心、感謝できる心  そうした、人としての優しさに羽織らせ
たいのがお着物だと言います。  日本舞踊は、心で舞ってこその伝統芸だからです。
波島が作品を創るとき、生徒さんに教えるときのこだわりです」
・・・と。

人間、本性はすぐに出るものです。
学校の先生でも、クラブの監督でも、会社の上司でも、かなり感情的になって怒る人物
を見かけますが波島陽子にそれは皆無です。
つまり、指導力が無い・・・・、自分の思うようにいかないで怒る人が殆どです。
そうかと思うとこれはパワハラにも関係するのですが、「威張る」人・上司をときどき見かけ
ることがありますが、「自分は偉い」と錯覚しているんでしょうね!
踊り用品店でもその光景を目にすることがあります。
つまり、お師匠さんがお弟子さんを連れてお店にいるときに遭遇するシーンです。

どうみても威張っている振る舞いは手に取るように判ります。
よく見ているとその生徒さんの殆どは中年かご年配の方です。
それでなくとも日本舞踊界はお金がかかると思われているのにあの姿やその噂が
現在の衰退につながっているんだろうなと容易に想像できますね。

波島教室だけが素晴らしいなどと思っていません。
第一、多くのお褒めの言葉等を頂いても、本当に波島は謙虚であるからです。
「いいえ!私などまだまだ足元にも及ばない先輩ばかりです・・・・」と。

お弟子さんを連れ発表会の写真撮りの時でした。
ご存知のように、着物をきちんと着用しようとすれば「髪結い」や「着付け」、ましてスタ
ジオでの撮影はそのスタジオ代からカメラマンの撮影費ととんでもない費用がかかる
ものです。
でも、波島はそれをお弟子さんに散財させません。 最後は食事に至るまで。
かと言って多くの月謝を頂いている訳ではありません(当時弟子は無料でした!!)
求めはしませんが、せめて感謝できる心を養って欲しいと思うのは間違っているでしょ
うか!?
求めている訳ではもなく恩にきせている訳でもありませんが、人として感謝できる人間
になって欲しいと願わずにはおられません。
しかし、言わなければ分からない、言われると素直になれない人間っているものです。

私は初めて販売店の店長を任されたとき、どうすることが会社のためになるのか、
あるいは店員の皆さんの成長につながるか思い悩んだことがあります。
まだまだ20歳代前半の出来事でした。
悩みに悩んでこんなアンケートをとりました。 「みんなはどこか他のどんなお店でも
良いから①こんな応対されたら嫌だった・・・・、②あの応対でとても嬉しかった・・・とい
う体験を書けるだけ書き出して欲しい・・・」と。
その回答は驚くほど多いものでした。

結果、「それではみんなが経験して嫌だった応対だけは我々は絶対にしないように
しましょう。 また、そんなに嬉しい応対をしてもらった経験があるんならそこから更に
お客様の為に喜んで頂ける応対をしましょう・・・」、そう結論づけました。
まるでドラマのように素晴らしい結果が待っていたことは言うまでもありません。

相手のため・・・とはいかにも日本人らしいなと今思えばつくづく思いますね。
しかし、そうした美談を語ろうとすると大きな問題がそこに潜んでいることに何度も
突き当たったのです。
悲しいかなあるときはそれが私の自慢話にしか聞こえない場合です。
なるほど・・・と思っても実感が湧かないのかそうした話が終るとすっとした感じになる
状況も何度か経験しました。
でも、それが人の心を動かす参考(どうき)につながるんならと何年も何年もすでに
色褪せた昭和の働く若者たちの話をし続けてきました。

いろいろありましたが、多くの肩透かしの中にもしっかり心で聞いてくれた若者にも
多く出会いました。
そんな心で居たときに波島にも会えたんだからその思いは決して間違っていなかった
と言えるでしょう。
血の通う人間だから味わえる人生の醍醐味は本当にたくさんありますね。

最近のニュースで子育て放棄で話題沸騰のあの若い夫婦は「心の持ち方」以外の
何者でもありません。
「可愛い天使」を殺してしまった罪。 あれは人間のすることではありませんね。
男の快楽だけで結婚し、連れ子に対する愛情など100%無かった訳ですから辛すぎる
ニュースでした。
殺してから謝られても絶対に遅いということです。

多くのこれから日本を背負う若者に、なんとか心ある人間に成長して欲しいと出来ない
なりにも決してあきらめずに頑張って来ました。
私が嬉しいことは、そうした意味でも本当に心の優しい女性に出会えたことでしょう。

教室を通じ、少しでも生徒さんたちへ何か役に立てること、そう思えばやることだらけです。

教室以外で何かして欲しいとは思いませんが、せめて教室や公演時くらいはしっかり
師匠をサポートして欲しい。
それは波島の為にではありません。 結果自分の為になることが後で必ず分かります。

私はそんな時、させない波島も悪いと思うことがあります。
しかし、その答えは違っていました。  掃除をやって・・・と言えばきっとやるでしょう!?
しかし、言わなくてもやれる人間になって欲しい・・・と思うんだそうです。
だから、やらなくても決して命令したり強要はありません。
つまり、自主性を観ているんですね。  やらないのは、気づかないかやらないだけです。
やるのは自分だから、やらない人にやりなさいとは言わないという論理です。
これは日舞の技術習得にも同じことが言えるようですね。
先生がお茶を入れる・・・・!! とんでもないことです。
これを許したら日本の伝統や文化の根源が揺らぎます。

それではここで問題です。
では、波島が若い時分にどうやって日本舞踊を習っていたか・・・です。
月謝・お礼・出演料など当たり前、舞台となれば最低でも50枚ちかくの入場券の割り
当て・・・となります。
彼女はここで多くのことを学んだようです。
「このままでは日本舞踊の衰退は免れない」、そこで極力日舞をやりたい人が負担を
少なくできるようにと「振付作品(ビデオ)」の制作に取り組んだのが独立後の第一歩
だった訳です。
狙いは的中しました。 最初1年ほどは極端に言えば1本も売れないほどでした。
私も波島に同行しカバンに作品を入れて営業に出かけました。
今考えると本当に当時が懐かしいですね。
100本も作った作品は事務所に山積み!!!  「これは商売にならない」
そこなんですね。 それでも波島は決して動じなかったから驚きました。

本人も食べていかなければいけなくて薬剤販売師なる資格を取得ししばらくはバイト
を続けたのです。
私はそこで初めて「ホームページ」なるものを立ち上げてその告知に挑戦しました。
私の営業からNHKのカルチャーセンターやホテルのディナーショー等々ひとつひとつ。

今から12年も前でしょうか!? 大手旅行会社からのインバウンド関係の依頼。
浅草で正式に本格的な「浅草を着物で歩こう」を企画し、それが大当たりしたのも今では
懐かしい話です。
現在、浅草には「浴衣のレンタル」なるお店が競合で毎日ひしめき合っておりますが、
波島はまったく動じません。
それで金儲けしよう・・・が無いからです。  実に不思議な人ですね。

そのうち、一人・また一人と日本舞踊を習いたいとする若者が表れて現在に至っている
という訳です。
先ほど、「金儲けの気持ちがない」・・・と言いましたがそこが波島たるゆえんなんですね。

みなさんはどこまでご存知かどうか知りませんが、日本舞踊のお稽古は基本、全て
先生(お師匠さん)の都合に合わせます。
ところが、波島教室は100%生徒の都合でお稽古の予定が組まれているといった具合
です。
中には、自分のお稽古が終れば先生も終わりと思っているくらいの人も居ないわけでは
ありません。  先生が大変だ・・・と思えば「ありがとうございました」や「先生後半も頑
張ってください・・・」の社交辞令くらいは絡んでくるはずです。
そうでないのが近年の傾向なんでしょうね! でも日々先生の方が「仕事が終わって
駆けつけるんだから偉いね~・・・」となります。
だから、波島教室へ通う生徒さんは幸せですよね。

そうでない人が激増!!!
このままだと「日本舞踊が消え失せる」!! それも日常茶飯事です。
この危機感は半端ではありませんでした。

一般の日本舞踊に通う概念が変わったと思えること。
波島がなぜここまで多くの支持を受け人気があるのかはその心根、つまり人間性だった
と断言できることを言いたかったんですね。

「自己中心的」な人間はスマホ等ネット社会に至っては本当に増えました。
スマホの出現で更に増長したように思います。
心に余裕が無くなったんでしょうか!? ご存知のように電車に乗っても殆どがスマホ
です。 不気味にさえ感じますね。

いくら時代が進化しようが、人間である以上「心」があるんですね。
この日本舞踊教室で若者を信じて優しく指導し続けている波島は凄いと思う!!

親の心子知らずと言いますが、教室の生徒さんは入会後まもなくしてその波島の心
に気づいてくれているようです。
表現の出来ない「何か」を求めて教室を訪ねて来た若者も少なくありません。

ご年配の皆さんに問題が無いのは少なからずそうした昭和の心のようなものを知って
いるからなんだと思います。

お弟子さんの中にはプロを目指す者も少なくありません。
私は、プロなら尚更「波島の心」を学んで欲しいと願わずにはおられません。
美しさは「形」ではなく「心」であることを学べたら通う生徒さんはそれだけで十分じゃ
ないでしょうか!?
波島の振付作品を見て学ぶことは「心」だということです。

私も波島も本気で当たっているからその人の嘘はすぐに見抜けます。
見抜いても尚教えたいとどうして思うんでしょうか!?
それは、プロであれば是非メジャーで活躍して欲しいと願い、一般の生徒さんであれば
この機会をきっかけに「幸せになって欲しいな・・・」と思うからです。

人間は人に支えられて生きているって本当です。
波島のそばにいて、彼女が日々どんなに感謝しながら生きているかは本に執筆したい
ほどの思いです。
人間(ひと)を大切にする心から素晴らしい作品が誕生していることは言うまでもありま
せんがこれが輝きとなりそれぞれの作品の美しさになっているんですね。

将来の夢、実現したい目標、若者にはその将来設計も様々です。
調子の良い人間は必ずその作品にその姿は表れます。 冷たい人間しかりです。
人に対する優しさや思いやりが感性となって、さらに磨き上げた心根が「センス」となって
作品に表れます。

芸事は特にそうですが、波島本人が「まだまだ私など・・・」というくらいこれで良いという
ことが無いんですね。
職人的に言えば芸も同じです。 「極める」ことへの執着心が技を磨き心を育てる。

こだわりがあっていい! こだわりはあった方がいい!
正しいこだわりの中に、やろうと決めたのなら「覚悟」をもって歩いて欲しい。

その覚悟もこだわりであって欲しい。
目先の完成を求めるのではなく、基本から「日本舞踊は何だ・・・・」と思えば、やらな
ければならないことだらけです。

2020年は東京オリンピックの年、波島振付作品はあと20本で「100本」となります。
実際には200数十本の振付ですが、ここで言う100本というのは映像化した作品の
数を指します。
「陽ちゃん、100本になったら是非100本記念(舞台)をやりましょう・・・・」と彼女を
取り巻くスタッフさんの声。
1本販売するのに必死だったころが本当に懐かしいですね。

それもこれもどこかに潜んでいた覚悟がずっと健在だったからかも知れません。

周りの先生に可愛がられ、多くの生徒さんに慕われてまもなく大きく花開くのかな!?
そう思えてなりません。

静かな想いの中に秘められていたものが「覚悟」だったことを知って頂けたら嬉しい
ですね。

3日間に渡り、長文「覚悟」に目を通して頂きありがとうございました。
お陰様で浅草雷門の教室は今日も笑顔でいっぱいです。

これからも是非応援してくださいね。

                         「覚悟」  完














  覚 悟 2 (時代劇を通して)

大川橋蔵
昨日は「体操競技」を通じて「覚悟」を語ってみました。
今日は「東映時代劇」を通して「覚悟2」を語ってみたいと思います。

みなさんは「大川橋蔵」という時代劇スターをご存知だろうか!?
時代劇の東映って言うくらい、東映には華のある時代劇スターが本当に沢山いましたね。
片岡千恵蔵・市川歌右衛門の両御大を筆頭に中村錦之助・東千代乃介・大友柳太郎の次に登場
したのが「大川橋蔵」でした。
勿論、その前に伏見扇太郎という美少年がいたのだがどうした訳か今ひとつ伸びずでした。
里見浩太郎や松方弘樹の活躍はそのずっと後になります。
御大の市川歌右衛門と言えば息子の北大路欣也も七光りを超えた時代劇スターになりましたね。
片岡千恵蔵の息子(植木基春)は現在全日空の社長をしていると聞きました!!
それぞれに皆一世を風靡した大スターの皆さんです。

私が今回何故東映の時代劇、それを採り上げたか・・・です。
その中でも特に「大川橋蔵」で語ってみたいと思ったことには大きな理由があるからです。
映画や舞台、テレビに関わるみなさんには是非目を通して頂きたい内容ですが、「本当だ」・・・と
思ったら是非拡散してください。

「大川橋蔵」、東映時代劇の大看板でした。
豪が中村錦之助ならば柔は大川橋蔵。 ともに花形役者でした。
一心太助や森の石松などコミカルな役を演じたら錦之助の右に出る者はいない・・・と言って良い
でしょう。 そうかと思うと「宮本武蔵」や「独眼竜政宗」「織田信長」は錦之助ならではの豪快さが
ありました。

大川橋蔵は華のある看板スターのトップクラス。
何百本撮ったか知れませんが、「花笠若衆」「旅笠道中」「草間の半次郎」など娯楽作品がズラリ。
当時人気絶頂だった股旅演歌の橋幸夫の歌う「花の折り鶴笠」・・・・、思い返しただけでもその素晴らし
さは現代に無いだけに心の永久保存版です。

十八番と言えば「新吾十番勝負」、忘れてならないのが「若様侍捕物帖」、これはシリーズで続きました。
「月形半平太」などは彼の右に出る者はいないほどのはまり役。  そして「銭形平次」でしょうか!?
勿論、数えたらきりがないほどの本数でしたね。
「花吹雪鉄火纏」のような粋でいなせな役が多いのですが、この作品の何が良くてこの話をしているのか
です。
現在私はこの東映時代劇を800本ほどそのDVDを持っていますが、今の私の財産です。
その中には時代劇を引き継いだ「やくざ路線」のスター「藤純子」「高倉健」主演ものも殆ど持っています。

さて、その素晴らしさです。
つまりそれは着物の素晴らしさと共に、日本を代表する時代(日本の心)劇だったからです。
好きを好きを通り越して「私の財産」ですねまさに!

ここで大川橋蔵を語りたいのですが、写真に見るように実に華のあるスターでした。
現在この表情、華を醸し出せる役者は皆無に等しいと言って良いでしょう。

スマホの出現! ネット時代が人間の心を奪った現在にしてもはや浦島太郎化してしまったようです。
私は日本舞踊教室を運営プロデュースしていてそのジレンマと毎日闘って来ました。
考えるだけでなく、時代劇を500本も撮影したという大物監督とも知り合いになり、昨年から今年に
かけて2回ほど時代劇談義を重ねました。  しかし、その監督も時代劇全盛の後に登場したものです。

元NHKのプロデューサーと言われた人にも何度も何度も相談しました。
昔、「男はつらいよ」の音楽担当であった音楽家の山本直純先生。NHKの元アナウンサー高橋圭三
さんには私の人生を大きく変えてくれる恩師でもありました。

前にもブログで触れましたが、私は子供の頃から親戚の東映封切館(近所)にしょっちゅう通い、同じ
作品を2回も3回も観に行って木戸にいる伯母によく叱られたものです(笑)
お墓とお墓の間に竹竿を張り、シーツ等の幕をバックに時代劇ごっこ。  京都に居たらな~って正直
思いましたね。

子供心なりに東映の役者の所作の美しさに見惚れたと言った方が正解でしょう。
何故こんなに魅力いっぱいなんだろう・・・・!?  気づかずとも陶酔しきっていました。

そこには日本の美しさがいっぱいだったからなんですね。
今の若い役者に全くと言って無いもの(魅力)だということが今になってはっきり判ったわけです。

これ等の時代劇には、「日本舞踊」「能」「三味線」「琴」「横笛」「尺八」「着物」「生け花」「茶道」「殺陣」
がものの見事に含まれていました。
素晴らしい・・・・と感じたのは私だけではないでしょう。

「銭形平次」や「遠山の金さん」がテレビで放映されるようになり、「水戸黄門」がシリーズ化されましたが、
だんだんと映画全盛時代からその魅力が薄れていくのを見守るだけの時期に移って行ったのです。

東映全盛期に何があったんでしょう!?
テレビ化される中に何が起きたんでしょう!?

そこにあったのは創る側のこだわりだったように思います。
それと見落としていけないのがまだ残っていた日本人の人情(こころ)だったようにも思います。
それは、全盛時の作品を見れば分ります。 なぜ時代劇がこんなにも美しかったんでしょうか!?
それでは何故大川橋蔵のような素晴らしい時代劇スターが表れないのでしょうか!?

かやぶきの家が無くなっただけではありません。
人間の心までもが希薄になり、自己中心的な人間が多くなった平成がまさに人間の心を奪い去ったと
言い切れるんだと思います。

東映時代劇の全盛時には画面から不思議な郷愁のようなものが垣間見れたような気がします。

大川橋蔵を代表して言わせてもらえるなら、そこに素晴らしい「色気」が漂い、なんとも言えない「間」が
ありました。
タスキ一本かけるにも間の美しさ、静と動の絡み合いがなんとも上手く描写されているのです。
まさに写真はその1シーンですが、写真を撮りたいと思うほど美しいんですね!!
作り手と演じ手の打ち合わせを聞いてみたかったですね。

まだまだ各家庭には家族が沢山居た時代です。
高度成長高度成長と何かを追いかけていく内にひとつふたつと何かを失い始めて昭和の幕が降ろされ
ました。

良いものは残さないと・・・・!
東映全盛時の時代劇が何故これほど素晴らしかったのか!? それこそ日本の伝統や文化が満載で
あったに違いないのです。

日本の誇れる時代物の美しさはどこにあるのだろう!? そう考える必要は全く無かった時代でした。
ある企画で外国人に紹介する作品を考えるとき、芸能に関わったことの無い人物が「武田信玄」を挙げ
ました。  これは大間違いです。
外国人に知らせる日本の心。 それは美しさであり日本の心を表現できる華やかさです。
嬉しいことは、波島も私もそこは一致しています。  事業に関わるスタッフも心の美しい人間でないと
その作品を仕上げることは出来ないでしょう。

時代劇を代表する大川橋蔵は日本古来の美しさになくてはならない美しい「華やかさ」があったんです。
目で語れる役者。 その目が輝いているのではなく心そのものに輝きがみなぎり、それが目に移行し
華となって魅了する。

私が東映作品を800本ちかく持っていると言いました。
今でも1日1本は観ないと眠れない習慣がついてしまいましたがそこにはもうひとつ大きな理由があった
んです。
つまり、私がプロに所作を語るとき「理屈」でなくその魅力を話し表現できなければなりません。

特にこれはというプロ志望者にときたまこれらの東映作品を貸してあげることがあります。
それは、私の話より観れば分るからに他なりません。

観た若者の感想はやはり今の若者でも「素晴らしい」「美しい」との感想をくれます。
しかし、分からないことだらけのようです。  貸した私の手前「素晴らしい」と答えますが、実はここに
こそ大問題が潜んでいるんですね。

当然私は「本物の役者」になって欲しい一心で貸すのですが、それを見て技術の向上を図る努力を
するのは本人なのです。
面白いからと見たい希望者に貸したいとは思いません。
本気になって参考とし、見習って努力したいとする者にのみ貸してあげたい。

心のどこかで「本物を育てたい」
これは高校時代の体操部の行動も同じことだったと思います。
たまたま、日本舞踊教室を営んでいる関係で「素晴らしい日本人を育てたい」とする心が、プロ志望者
にはそのように、教室の生徒さんには少しでも着物を通してその「美しさ」を伝えたいんですね。

教室開校で11年が過ぎました。
私の狙い通り素晴らしい指導者の下に素晴らしい生徒さんが日々日本舞踊を楽しんでくれています。

踊りも去ることながら波島陽子の心に触れるだけでも価値があると喜んでいます。
ただ、これらの素晴らしい作品を通して思えることはやはり「覚悟」でしかありません。

プロを目指すなら、まして指導者(師範)を目指すものにとってこの覚悟は相当なものが求められます。
どうして大川橋蔵や錦之助、美空ひばり、や花園ひろみ・大川恵子・千原しのぶ等々何百人もの俳優
が美しい表現が出来たか!?
本当は私の持っているDVDを貸してあげたいですね。 レンタルショップに行けばいくつかはあるのだ
から「やる気」があるなら是非借りて見て欲しい。  そしたらその意味が分かります。

私はこれらの役者を偲び懐かしんでいるのではありません。
この作品を見続けることで本物の日本の文化や伝統を更に理解でき、伝えることが出来るんだと確信
を持っているんですが・・・!

そしたら、80才を超える有名な三味線のお師匠さんが言いました。
「岡部さん、若者に惚れこんじゃだめよ!」・・・・と。  これは惚れこんでも期待に応えられる環境に
ないということだという意味です。  もう時代が違い過ぎて理解すら出来ないんだとか!?
ではなぜ着物をまといたいと思うのか・・・と反論したくなるんですね。

日本の心、美しさがあって初めて醸し出る雰囲気であるからそれも分かります。
美しいものは美しい。

昨日テレビでこんなことを言っていました。 女性の本性(性格)はどこで分かるか・・・・と!?
みんな好きで、あるいは見立てで美しい可愛いと付き合ったり結婚したり。 実はそこでは決して本性
を見ることは出来ない・・・と。
ではどこで女性の性格が分かるのか!? それは「別れるとき」と言っていました。  なるほど。

嘘の無い覚悟。 それはこの女性の別れ際に似ていませんか!? 
初めはみんな良いと思って飛び込みますね。  実際そうなんです。

でも、せめて私は最後の最後まで「嘘」はつきたくない。 そう生きようと決めています。

それが良いものを生み出すための覚悟でしょうか!?    覚悟は本気が勝負です。
やれないんではなく、やらないんだ・・・と。  やらない人間(ひと)に限って言い訳をします。

つまり「覚悟」がないからに他なりません。


( 明日は覚悟3についてお話しましょう)











  覚 悟  1

白井健三

私は学生時代クラブ活動に「体操競技」を選んだ。

今思えば「覚悟」というものをそのときに学んだように思う。
もともと体操をやりたかった訳ではなく、高校へ進学した当時は「新入生」として多くのクラブ勧誘を
受けたのがキッカケ。
身長がクラスでも低かったせいで、父親の影響もあり強く頑強な体を作りたいとただそれだけで「柔道」
をやろうと決め、自ら柔道部の道場に歩を進めていました。
ところが、当時の高校は柔道場に行くには体操部の練習している「体育館」を通らないと柔道場には
行けないようになっていたのです。

4月の初めに意を決して柔道場に向かったのだが、その体操部の部活風景に足が止まった。
見たこともない「平行棒」や「吊り輪」の演技に見とれていたんだろう・・・、近所の先輩に「体操やらないか
!?」、この言葉が私の人生の始まりだったように思う。
勿論、最初は断った。 しかし、先輩の熱意に押され3日間だけ試験的に体験という形でその練習に加
わった。
当時その年入部したのは3名。 私以外(2名)は中学の頃から体操をやっていたのですでに宙返りなど
お手のものだった。 私はマットで前転しただけで目が回るくらいだからその差は歴然としていたのは確
かだ。
練習を重ねれば重ねるほど格の違いを思い知らされ、私は当時気持ちはずたずただったと思う。

そんなとき、私にアドバイスしてくれたのが勧誘してくれた1年先輩だった遠藤さん。
「高校は中学と違い、中学に無い競技(吊り輪・平行棒・あん馬等)がある。 これらは体を作り、腹筋や
脚力・腕力等を作ることで他の同級生には2年になったら必ず追いつける」
私にはこの言葉(アドバイス)が全てだった。 同級生でありながらその2人はこいつと違うんだという優
越感のようなものを持っていたに違いない。  それだけでも放課後が嫌になるほど憂鬱だったことを
覚えている。
これが体操競技へのスタートだった。

15歳の1年生はただひたすら先輩の言葉を信じ、「耐久(からだづくり)」に専念した当時が懐かしく思い
出される。
前転や後転や側転、開脚前転・前方転回をやりながら、でも主な練習は腕立て・腹筋・倒立・その場跳び、
スポーツをやった者ならその苦しみは判るだろう・・・!!
駆け足で山を登る!? その他当然ランニング。
身長が低いというだけで体操に誘われた!? あながち間違いでもないが苦しい連続であったことには
違いない。

1年の春の男子全校マラソンは110番であったのが、2年の春は18番。 全校(男子)生徒700余名の
中だからそう考えたら驚くほど速くなった。  3年生になり10番を切った!!
同級生2名は300位にも満たなかったことを考えたらその差に言葉は要らない。
今でも覚えているが同級生2名の1人は当時家がお菓子屋さんだったことを覚えている。 彼ら(2名)は
3Kmも行ったところにあるお菓子屋に立ち寄りゆっくりお菓子やジュースを口にの一服を折り返しで見て
いた。
歯を食いしばって汗をかいている自分とは大きな違いだ。

ところが、2年生の3月(もうすぐ3年)、私は吊り輪からの着地に失敗し右手親指を骨折してしまった!?
90度に折れ曲がった指を見て気を失わんばかりの状況。 見たことない指の形でだ!!

手を着けない、器具を握れないんだから残す3年生の大会は絶望に近い。

考えもしない行動はそこから始まった。
というのは、デビューがそんなだったから「夢中」「わき目も振らず」が放課後の毎日だった。
体育館(体操場)に女子がどれだけいてどんな練習を・・・・など気にもとめていなかったのだ。
見学するしかない環境に追いやられた私は、まず体操着に着替え放課後は3年になっても1番速く練習場
にいた。 つまり見学するしかない訳だから。

そこで目にしたのが女子の練習風景だった。
当時、男子には我々3年が居たが女子に3年も2年生も居なかった。 それぞれ1名ずつ居たが1名では
当時試合にも出れなかったから練習に来なくなっていたというのが本当の話だろう。
体操部女子はその年(春)8名の入部があって賑やかだった。
つまりその練習風景に目が行ったのだ。

毎日毎日そこへ目が行った。   ・・・・というのは、1年生の女子に2名の悦材がいることに気がついた
からだ。  何に・・・と言うとその跳躍力に驚いていた!!
1週間も経ってからだっただろうか、先輩も指導者も居ない女子部員のところに歩を向けている自分が
そこに居たのだ。
見学を余儀なくされていた自分に迷いはなかった。 私のやることはこれだ!!
当時、女の子と一緒にいるだけで注視される時世だったから周りにしてみたらその目は興味本位と多くの
からかいの中に居ざるを得なかったが不思議と夢中だったせいか自身は気にならなかった。

教室(3年)では「スケベ」という言葉がまことしやかにささやかれていることを知った。
そりゃ3年の男がたった一人、正式な指導者でも無いのに1年生女子部員の中央にいるのだから今考え
ると同級生どころか、全校の男子にそうした目(スケベ)で見られていたに違いない。

その指導は8ケ月続いた。 11月の新人戦(1年・2年のみの大会)でなんと6名の団体で上位、2名につ
いては表彰状総なめ。
翌日月曜日に全校朝礼で校長先生から彼女等は再度前日の授与と練習の成果が話された。
その時から全校の男子の私に対する見方が一変した。 
古い体育館の3年間の締めくくりは新しく建てられた体育館での表彰で始まったのだ。

残りの3ケ月、私は新しい体育館(体操場)でもその1年生女子部員の中にいた。

今考えれば、それが「覚悟」だったんだろうと思う。

現在の内村や白井選手等とは環境も違い設備・機材も違い到底くらべものにならないが、それでも
今言えることは、「好きでなければ」ということだろう。 そして、楽しくなければ続かないし上達も観られ
ない。
つくづく思えることは、そこに指導者がいるか居ないかでも大きく違う。 先日来報道されている日大アメフト
部の指導者・監督は例えにならない。
厳しいことは特にスポーツや芸能事にあっては欠くことことの出来ないものだが、そこには楽しさという事
の伴走も無ければ決して続かないのだ。

全て夢であり、憧れから入ると言っていいだろろう。  しかし、好きだけでは決して国際試合になど出場
できないのだ。

苦しいことの連続はゴールに夢があるから耐えられる。 どんなに楽しくとも頂点になれる者は世界で一
人なのだ。 頂点に立った者、それすなわち名監督に非ず。 それは本当だ!

私は決して頂点に立った訳ではない。 しかし、やっていた当時はがむしゃらだった。
どうすれば上手くなるだろう!? どうすれば「技」が完成するだろう!?
勿論、練習しかないのだが、練習すれば誰でもできるというものでもない。

その子の血筋や生い立ち、友だち関係から性格。 そして、なによりやると決めたらの「覚悟」だ。
「覚悟」、口にすることはとても簡単だ。

一生懸命とか、初心に帰ってとか、口でならなんとでも言える。
しかし、苦しい耐久時間の中に身を置くことは実行力と継続なくして決して続かないのだ。

今でも当時の後輩(体操部男子)に会うと酒を酌み交わしながら、「先輩は女子の中に飛び込んで行った
んですよね・・・! 凄いな~ 」と言われる。
そうか、男子部員だったけど見ていたんだ私の行動を。

この経験(行動)は社会に出てからも、そして今尚変わらない現在の行動としてしっかり君臨している。

学校を卒業し、いろんな職業に就いた。 この経験と学生時代、後からお話しますが、子供の頃の私の
環境が今の自分を作ったのだと。

どこに行っても貢献できた! どこに行っても指導者的立場から常に経営陣の中に身を置けたのも人を
動かす術を心と体で学んだからだと確信をもって言えます。

輝くことが何であるか!?  身を粉にして体験実行し続けたからに他ならないと断言できますね。

(明日は「覚悟2」についてお話します)






プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
チーフ・プロデューサー
演出家

最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード