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 少年のような気分

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毎日6時起床を心がけてプールに行くのが日課になりましたが、少し早く起きて隅田川へ足を延ばしました。
心が洗われるようなと言ったら正しいでしょうか!?  言葉のいらない光景に出会えました。
まさに「早起きは三文の得」・・・ですね

今年もいろんなことがあって学びの多い一年でした。 いくつになっても勉強することばかり。
私はこのスカイツリーが工事起工式からずっと見守ってきた一人です。 それだけに言いようのない愛着があるのもごく自然と言えば自然でしょう。

いつ完成するんだろうな・・・・と何度も何度も見守って来ました。
遂にその日が来たときの感動は忘れません。  50mも100mも200も300も全て工事記録を写真に収めました。
でも、完成してからもその日その日の顔を見せてくれるスカイツリーはどんなときも美しい。
昨日、西郷どんが最終回でしたが、西郷さんは今の日本をどう見ているんでしょうね。

時代には積み重ねがあるということです。
自分の人生しかりです。 昨日中学1年生のお弟子さんと3時間あまりお茶をしてきました。 大切な時期なんだな~と思うことがたくさんあってまるで父親の気分。
時代が変わっても、この子がまた継いでくれたら・・・、そう思うんですね。
そんなことがあってか今日はとっても早起きでした。

この光景を見て心が晴れる瞬間に居れることの幸福感。
この青空のように、新しい年は災害のない、事故のない、事件のない新しい年であって欲しいな・・・とこのタワーに手を合わせたんですよ。

無我夢中でいれることの幸せ。 まるで少年のような気分です。





 やればできるさ

プール

今年も本当にあとわずかになりましたね。

1月20日に食べ合わせが悪かったのが原因で腹痛を起こし、その影響もあって約1ケ月以上も病院通いをしました。
内臓で病院になんかかかったことがないのに・・・・(泣)
これが私の平成30年のスタートだったように思います。 

春が過ぎて5月のゴールデンウィークの2日。 あまりの好天気に誘われて日比谷公園の植木市や皇居を散歩と決め込んで出かけたんですが、本丸(天守閣跡)へ向かう坂道でどうも足の具合が・・・!!  シューズは合っているはずなのにその日の靴はつま先を締めつけられ足の爪は両方ともすっかり紫色に。

これが兆候だったんでしょうか・・・・!!
私はずっとずっと何年も隅田川をジョギングしたり散歩したりが結構楽しみのひとつだったんですが、初夏を感じる6月2日でした。
いつものようにトレニングウエアで出発。 雷門の赤い提灯をくぐった時でした。  あの素晴らしい青空に反し突然心が曇った瞬間を迎えました。  「痛っ!!」 両方の腰の辺りの大腿骨が瞬時の内に・・・  歩こうとしても激痛でどうにも足が動かない。
両手で腰を押さえ、ゆっくりなら・・・・と足を出そうとするももう今までに経験したことの無い痛みが治まりません。
2分とこらえられませんでした。 「この痛みは何だ!!」
仕方なしにタクシーを捕まえ急遽自宅へ・・・。 その間も痛みは増すばかり・・・
しばらくベットに横たわったもののもう限界。  これがあの長い苦しみの始まりでした。

救急車とも思いましたが近所迷惑なのでタクシーを呼び急ぎ病院へ。
薬と腰に巻くバンドを受け取って帰宅。  薬を服用することで気のせいでも痛みが和らいだ錯覚。

日に日にこの痛みは強くなり、「医師(せんせい)、とにかくこの痛みだけ取り除いてください・・・・」の連続。
結局ヘルニアと診断され第1回目のブロック注射。
私は確か約30年ほど前にヘルニアになりその時は後ろの腰の部分が痛み、病院で初めて「ブロック注射」を経験しました。
だから、ブロック注射と言われたときは「これで治る・・・・」そう思いました。
ところが、ブロックを打っても全く効かない。

それで仕方なく初めて痛み止めの薬「座薬」を使用。
なんとなんと、この座薬の効果は抜群!!  効き目は最高。
・・・・・、これがいけなかったんですね。   確かに座薬の効果は素晴らしい。 ついついこれを3ケ月も使用してしまいました。
内臓には絶対に良くないそうです。 しかし、そんなこと言っていられなかった。
5月半ばから兆候があり、6月2日に激痛。 7月はもう最悪でした。 仕事だけはキチンとやらないと・・・とその責任感は半端でない自分を知っていましたがもう座薬を入れても効き目は薄れるばかり。
デンマークへ行く中学校の生徒たちを指導して今年で10年目の節目でもあった関係でとうとう杖を頼りに学校へ向かいました。こんなみじめな姿をいまだかって自分でも見たことがない。

絞り出すような声で「痛てぃな~・・・・」は我慢のひとり言。
7月の末に、もう我慢の限界で「医師(先生)、どうなるか分かりませんが、手術をしてください・・・」と嘆願。
手術は8月10日と決まった。  

ご存知のように、今年の夏場は台風や豪雨で岡山・広島他日本列島は大変な災害でしたね。
その災害と同時期に一緒に苦しんでいたことになりますね。

手術は見事に成功。 生まれて初めての全身麻酔も経験しました。  ほっぺをたたきながら何度も名前を呼ばれたんでしょう。きっと何回目かでふと目が覚めました。
何にも分からないまま無事手術が終わった瞬間でした。  あの痛みは嘘のように消えていました。
嬉しかった。   その時の気持ちは日記帳にしっかり書き記しました。

約2週間ほどの入院生活に別れを告げめでたく退院。
しかし、ここからが問題でしたね! 約100日ほど歩けなかった期間はすっかり足腰の筋肉を失い、まるで他人のような自分の情けない身体(たいりょく)
1週間ほどは安静にし、それからゆっくりゆっくり歩き始めたのが9月の初め。
横断歩道で少し速めに向こう側へと2~3歩小走りしようとしたらなんと転倒!!  完全に筋肉が落ちているな~の実感。
それでもほんの少しでもと9月でもあの暑さの中毎日10分ほど散歩に挑戦。

そんなときでした。  そうだ。水の中ならきっと・・・・
自宅から自転車で5分ほどのところにあるスポーツセンターを思い出し相談に。
プールがあることは知っていましたが、ここでリハビリができるとは思いませんでした。

聞くと7コースある中で1コースだけ「ウォーキングコース」というのがあるらしい。
早速会員になり10月より通い始めました。  1~6コースは25mプールを多くの会員がスイスイ泳いでいます。
この写真でいう一番右側が7コースでつまりウォーキング専用コースです。
人一倍泳ぐことが好きな私が全く泳ぐことなく、ただひたすら歩く。 歩く歩く歩く。
前に向かって・・・、後ろ向きで・・・、横歩き・・・。 つまりとにかく歩いています。  朝6時起床、軽い朝食をとり7時30分にはウォーキングスタート。  モーニング会員なので10時まで使用可能。
隣でスイスイ泳ぐ人を横目にただひたすら歩いています。 不思議なもので水の中で歩くと決して無理はできません。それが良いんでしょうね。 毎日最低60分は歩きます。
丁度2ケ月が過ぎたんですねプールのリハビリは!!
2週間ほど前でした。 マンションのエレベーターが修理の為動かない日がありました。  「え~っ!非常階段を歩くの・・・・!?」そんな日に限って所用でどうしても階段を2往復。 ところがです。足腰が何ともないんです!!

12月の2日に某スポンサーのコマーシャル撮影があり、お正月バージョンで「羽子板」で遊ぶシーンの指導をして欲しいと頼まれ、お姫様役3人の着物姿での羽根つきのシーンを指導しました。
本番前に40~50分羽子板でラリーの練習。 平成生まれの女性は羽子板で遊ぶなど経験がないんでしょうね!
ところがなんともラリーには程遠い状況。  仕方なしに何度も何度も姫たちと練習。 返ってくる羽根は想像してください。右に左にと追いかけるだけでまるでクラブ活動状態。 さすがに本番前は疲れました(笑)
セットの縁側に腰かけて感じたこと。 「えっ! なになになに・・・・!? 全く疲れていないじゃないか!?」。
あれだけ右に左にと羽根を追いかけたのに足腰は万々。  凄い!! 自分に感動しました。
プールのお陰だ。  プールの効果だ。  恐ろしいほどの回復と、もしかしたらヘルニアになる前よりも頑強な足腰になったかも。

勿論これは自分にしか分かりませんが、間違いなく足腰は鍛えられていました。

プールで歩きながら、心のどこかで、「もうあの苦しみ激痛は嫌だ・・・・。」そう思いながら歩いています。
プールは泳ぐところだ・・・・という概念は変わりました。

雨が降ろうが、強風であろうが毎日通っています。
確かに、6時に起きる瞬間「んんん・・・・どうしようかな・・・・」と起きることへのためらいが無いわけではありません。
しかし、トーストを食べたらしめたものです。  これで私の1日が始まる訳だから。

折角会員になったんだから隅田川のジョギングはこれからもプールにしようと決めました。
今ではリハビリでなく、普通にトレーニングになっているように思います。
右の壁に丸い窓がありますが、そこからスカイツリーがとってもよく見えて気分も最高。

いろいろあった1年でした。
来年はきっと素晴らしいことが待っているような気がするんです。
いつまでも健康で居れたらこれ以上の幸せはありませんからね。  素晴らしい場所に出会えました。

今日で手術をしてから丁度4ケ月目です。






 あおり運転の大罪

事故車

現在、あおり運転で亡くなったご両親の裁判が話題になっています。

あきれるのは、どんな加害者にも弁護士がついて弁明をしているということです。
私はこうした内容に首を突っ込んでこのような場で意見を述べるのは正直初めてです。
ネットに載せればなんだか訳のわからない攻撃を喰うのが関の山だからなんですね。

私も実際に30年ほど前に「あおり運転」に遭い九死に一生を得た経験があります。

それは、雪国の高速道路を走行中のことでした。

周りにはいっぱいの雪野原。 しかし、ご存知のように雪国の高速道路というのはそれは見事な除雪が成され
道路には雪ひとつありません。
仕事帰りであと3kmくらいで最寄りのインターというところ。 真っ白な乗用車が我がもの顔で走ってきました。
・・・・と同時に私も、私の前に1台の乗用車が居たのでそれを避けようと余裕をもって追い越しにかかりました。
ところが私の後ろの車も一緒に追い越しラインに出たのです。  ということは私が邪魔になりますね。
でも、先に追い越し態勢をとったのは私です。
もう追い越しを始めたのでまた走行車線に戻る訳にはいかないタイミングだったのです。
ところが、私の後ろの車は即私が邪魔になったのでしょう・・・・! 「どけどけ~・・・・」と声が聞こえるような運転ぶりで猛スピードであおり始めました。
私も追い越し中ですから、それを避けるのにおそらく90kmほどのスピードは出していたと思います。

するとどうでしょう!!  私が無事追い越しを終えて走行車線に入った途端です。 当然私よりスピードを出し私を追い越した車は突然私の前に入り込み、入り込んだと思った瞬間キューっとブレーキをかけたんです。
「危ない・・・・」っと思い、とっさにブレーキを少し踏みました。 ところが、その道路は殆どアイスバーン状態だったのです。
つまり、私がブレーキを踏んだ瞬間もうハンドルの制御はまったく利かず左横滑りしながら左のガードレールにもの凄い勢いで向かい始めました。  今でもあの恐怖は忘れることが出来ません。
もうとても前を見る余裕などありません。  利かなくなったハンドルをなんとか正常な態勢に戻そうなどしていられないんです。
つまり「ああ!これで終わった」・・・と思った瞬間でした。  なんと私の車両はまるでサーカスでも見ているようにクルーンとその道路をスローモーションで2回転。  そして次の瞬間ド~ン・・・・と。  ガードレールにぶつかった音でしょう・・・・!!  しかし、それでもまだ止まらず今度は追い越し車線側(右)のガードレールにど~ん!!!!   そこまでは覚えていました。
もう1回ど~んと・・・・。  つまり3回ぶつかったんですね。   それでやっと車は止まりました。

なんと私は運良く全く無傷でした。
110番通報した後私は非常灯を焚いて後続の車に事故を知らせたのは本当に無我夢中で全てとっさでした。
勿論興奮していましたから何が何だか分かりません。   私の車両は大破でした。
パトカーと救急車他誰かが知らせたんでしょう・・・  大袈裟すぎるほどの関係車両が集まりました。
警察官が大破した私の車両を覗き込み、「運転手は大丈夫か・・・・!!?」と叫びます。、
声の出ない興奮状態の私は人さし指で自分を示し、「ここここ・・・・」と運転手が自分であることを・・・。

急ブレーキをかけた車両のナンバーはあまりの突然の出来事で覚えておらず、どこの誰やら・・・!!
ブレーキをかけ、あおった車両はおそらくバックミラーで私の車両の凄い動きを見ながら走り去った(逃げた)んでしょう。
警察官が車両を見て、「よく無事だったね・・・・!良かった良かった・・・」と。
それからインターにある交通事務所で長い長い調書をとられました。
これが、もし私が死んでいてもおかしくなかった分けです。
あおったり、急ブレーキをかけた車両は逃げ去りました。

実は、私の父も追い越し車線をはみ出したダンプカーで正面衝突で即死、52歳の若さでです。
バスの後ろにいたダンプはいきなり追い越し禁止車線で追い越し、父と・・・

その運転手は逃げずにお詫びに来ました。  しかし、人間死んじまっちゃどうにもなりません。

ここで、「あおり運転」についてですが、それを弁護する人は大きなことを忘れていると言いたいんです。
これらは、机上の議論で解決など絶対に出来ないということです。

あおられた側がどんな恐怖を味わっているか!?  想像を絶する怖い現実のあることを決して忘れてはいけません。
車は間違いなく走る凶器です。 「性格」・・・・と言ってしまえばそれまでですが、そうした怒りっぽい性格の人間は決してハンドルを握ってはいけませんね。
事故が起きてから返って来る加害者の言葉はその殆どが屁理屈でしかありません。  留置場に入り刑務所でどんなに反省しても亡くなった人が生き返る訳ではありません。
世の中には防げない災難(災害)がありますね。 それでも家族や子供を失えばその悲しみや苦しみはとてもどんな慰めも効かないほどむごいものです。
しかし、「あおり運転」で起こる事故は100%防げる事故です。

車に乗らなくても簡単に頭に血が上る御仁もいます。  優越感の中で我がもの顔!!??

あおるような人間はどんな理由もききません。
無責任な人間に限って言いわけをする者が少なくありません。
人を愛する心を持てれば決してこのような事態は起こらないのですが、昔どこかの社長も酒を飲んではハンドルを握っていました。 どんなに注意しても、「俺は社長だ・・・・」と思っているとしか思えません。

いつも言っているように、相手を思いやる心があれば決して事故にはなりませんね。

交通事故だけではありません。  自分本位で自分勝手な人間はどれだけ多くの人に迷惑をかけているか・・・。

全て事故は心の成せる業なんです。
自分本位でなく、譲ってあげたり感謝ができたり、一番大切なことが失われつつある平成だったかもしれません。

「あおる」など優しい心あれば無縁のはずです。  人は、一人では生きてゆけないんですよ。

今回の裁判ですが、潔さがせめて仏になった人への償いでしょう。
ここにきて迄まだ自己防衛したいんだろうか!?   加害者よどんな言い訳も効かないことを知りなさい。
往生際が悪すぎる。

弁護人も理屈をこねている場合じゃないんだ。
最後にひとつ聞こう。「もし弁護人あなたの家族がそうした事故で亡くなったらそれでもあなたは加害者を弁護するんですか!?」

理屈じゃないんだ。  みんな平和に幸せになる権利があるんだ。 
だから解決は仕事では処理できないんだよ。   被害者のご家族を思うと心が痛みます。

(ちなみに、この写真は当時の私の事故車ではありません)






  感動を味わえた京都

知恩院

来春の舞台の打ち合わせで急きょ京都に降り立った。
一昨年も1月31日という真冬の京都で写真を撮りまくっていましたが、やはり京都は桜の季節、新緑の季節、そして紅葉の季節ですね。
1月のときは雪が降ったわけではないのでなんとも絵にならない京都でした。

30年も昔、一面真っ白い雪に覆われた京都に来たことがありましたが、寒いけど雪の京都も素敵でした。

打合せも済んだので少しは回ってみようかと思いましたがもう午後も4時を回り、雲がある分華やかさの欠けた京都でした。
それでも京都駅に近いところをと知恩院まで足を延ばしてパチリと1枚。
平日なのにそれは多くの観光客でいっぱい。
もう少し早い時間ならな~・・・・
そう思いながら知恩院から行きつけの漬物屋さんで京つけものをゲットし、そのまま祇園まで歩いてみました。


八坂

ここでもなんとも観光客の多いこと。
仕事柄この観光客にはとても興味をもって見て回りました。
階段周りには着物姿の観光客がいっぱいでしたが、たこ焼き屋さん、タクシーの運転手がこぼしていました。

「最近とても着物レンタルが多くなりましたが、まったくなっていない!! 帯の結び方が変なんだね~・・・」
「着物を着て観光する人は殆ど外国人で日本人は本当に少なくってね~・・・・」と。
これは浅草でも同じような気がしますね。
レンタル業者も「とにかく利用してもらえれば・・・・」と正直着付け等についてはそれは雑さが目立ちます。
たこ焼き屋さんが嘆いたり怒ったりする理由とってもよくわかりますね。

たしかに、着物姿はそれはそれで情緒というか日本の雰囲気みたいなものはとりあえず感じますからね。
でも、決して着物本来の柄ではありません淋しいかな。

一力茶屋

写真はご存知「一力茶屋」です。


ここから花見小路を久しぶりにタクシーで通りましたが、ここまで来ると京都を満喫できます。
神社仏閣と違い、ここに舞妓さんが歩いていたら・・・似合う街並みだな~
これぞ京都ですね。  出張で回るコースではありませんね(笑)。
ここからタクシーで京都駅までの道中が楽しかった。

運転手さんは結婚2年目の25歳くらいな好青年。
観光客の扱い方をレクチャーすると大喜び。 「会社でもこんな講演を聞ける機会はありません」・・・と。
様々なケースを事例に出して話をしてあげると、「お客さん、ここで料金メーター止めますから少し回り道していいですか!?」と。
私の話をもっと聞きたかったようです(えらい)
「急ぐ旅でもないから少しくらいなら・・・・」と遠回りスタート。  私は京都・奈良が大好きで特に京都は名古屋に長く居た関係で合計30回(観光で)以上訪れていますからあきらかに駅方面で無い方へハンドル操作しているのは分ります。

「運転手さん! あなたは出世するし成功するよ!」と私。
これは冗談やお世辞ではないんです。  いろんな人間観察から解けてきた「成功へのイロハ」なんですね。
一生懸命な人には素晴らしい「術(すべ)」を伝えたい・・・・といつも思っています。
本気で聞いて本気で実践する人もいます。 聞くだけ聞いて「頑張ります・・・・」という人もいます。 しかし、頑張れたためしはありません。 それはその場を繕った返答だからです。

日本舞踊の指導もそうです。 波島陽子の振付の素晴らしさを知っているから、この人ならしごいてあげようか・・・と思うことがあって指導に入ることがあるんです。
成功する・・・、つまり上達する人としない人は1回指導すると分かります。
でも「本気度」や「覚悟」があるかないか・・・はその後発覚しますね。  つまり、「素直」であること、「感謝できる心を持てること」、「謙虚であること」。

先ほど遠方の日舞の先生から「波島作品(DVD)が欲しいんだけど・・・」とお電話頂きました。
他の流派の先ですが、一昨年の公会堂の舞台にも出演され波島教室を褒めてくださいました。
「あんな生徒思いの先生は本当に他に居ないですね!」・・・・と。 「あれだけお上手なのに決して驕らない。 その姿が生徒さんにみな伝わっているんでしょうね・・・・」と感動していました。  今になってもまだあの感動が忘れられないうそうです。
嬉しいことです。

つまり、波島からは心を盗んでもらいたい。
いつもスマホ・スマホと言いますが、スマホが悪い訳ではありません。
ここまで便利で素晴らしいスマホですが、私の言いたいのは便利なものでも使う人の心だということです。
波島の作品が素晴らしいのも結論を言えば「心」の作品だからです。
伝えるものは技術ではなく心です。 盗んで欲しいのも技術ではなく心です。 技術は先生を見ていたらわかります。

京都でも、浅草でも、遺したい伝統や日本の文化は本当にたくさんあります。
その人の気分で、損か得だけで行動していたら日本は完全に崩壊してしまう。

昨日京都を訪れたのは、日本の伝統や文化を広く後世に残したいとするプロデューサーに会いに行ってきたんです。
もうだいぶ年齢も行っていますが、現在の若者よりもはるかに心が輝いています。 まるで夢見る少年のよう・・・・と言った方が正しいかも知れない。

日本の何が素晴らしいかって、間違いなく「日本の心」そのものです。  先日中国との舞台を一緒にやってみてつくづく確信しました。
一生懸命諭そうとすれば「うるさい」と感じる世の中のようです。

来月月初めにテレビコマーシャルの「羽子板」の指導に行ってきます。
昔の良き日本を羽子板遊びを通じて描写したいのだそうです。
ただ、羽子板を持って打てば良いわけではありません。  その雰囲気と言われ、まさに願ったり適ったりです。
良いチャンスなので、心の持ち方にその雰囲気を醸し出してみようとも思っています。

少し夕暮れ時の京都でしたが、タクシーの運転手は「こんなお客様を乗せたのは初めてでした。ありがとうございます」とその言葉に、まだまだ日本も捨てたもんじゃないな・・・・と。

20分ほどの遠回りでしたが、中身の濃い話ができました。

素直さは自身を育てる。   帰宅後、「今日のお客さんはね・・・」と奥さんと話してくれたでしょうか!?

多くを回れませんでしたが、多くの感動を味わえた京都でした。





 大変お疲れさまでした

お疲れ様


日中国交回復40周年記念として行われた交流イベント
終わりました。 大変お疲れさまでした。  正直もう言葉がありません。

今回の舞台を通して、どれほど日本が素晴らしいかが本当によく分りました。
政府機関のお招きや様々な形で全世界に日本舞踊をご披露して来ましたが、今回一緒させて頂いた中国にはただただ驚くばかりでした。

主宰者が中国側でしたので日本側を代表して長い時間かけ打合せして来ました。
今回の舞台はとても立派なホールで出演するお弟子さんたちにはかなり勉強になると喜んで参加させて頂いたのです。

ドイツやインド、タイや台湾等々いろんなお国柄の中で舞台を踏みましたが、中国のそれは想像をはるかに超えた難しい問題があることを学びました。

舞台のことを全く知らない人が総監督として構成演出を行いましたが、ホール関係者もその度に口あんぐり。

舞台やイベントを仕切った人なら分るはずですが、イベントというのはまず安全第一。
特に今回のような演目は観る側も礼節をもって鑑賞しなければならい。
そして出演してくださる出演者への対応。
あまりにも当日に発生した問題が多すぎて何を話して良いか分からないほどで驚きの連続でした。

公演中の会場のざわめき、あのスマホでの異様なまでの撮影風景。 まさに怖いくらい異様でした。
注意事項など一切なく時間が来たので開けた幕。
打合せのときから懸念していた問題はリハーサルのときに起きたホール担当者の怒号でスタート。
約束と違う行動が次から次へと起きていく!!!  ドキュメントで撮影したかったですね。

それでも会場を埋め尽くす動員力には脱帽するほどでした。

救われたのは、日本側の演目です。
狂言の和泉元彌一門、日本舞踊の波島陽子社中。その他「殺陣」「空手」と出演しましたが、あの騒音を家元の波島が「鶴亀」で打ち消したこと。  厳かで、華やかで美しい舞いに釘づけでした。

波島社中のお弟子さんたちの日本舞踊もメドレーにまとめあげ、真ん中に中国で有名な「昴(すばる)」を入れて息を呑む暇もないという圧巻の舞台でした。
改めて波島の振付の素晴らしさを再認識した素晴らしい一幕でした。
どこへ行っても自慢できる波島陽子社中。 礼儀も際立っていただけにそれが救いでした。
見学に来た生徒さんもみなさん教室のスタッフジャンパーを着てお手伝いに大活躍。
波島教室のみなさんの姿勢に会場側、狂言の和泉のママさんも絶賛でした。

中国側の出演者のマナー等で会館事務所にはクレームが殺到!!
結局今回は第一回という名目でしたが、第二回目の無い「第一回目」となってしまいました。

舞台が跳ね、翌日ホール担当者から「この主宰者は今後会場使用禁止・出禁です」と通達があったのです。
長いことイベントを行って来ましたが生まれて初めての経験です!!
「波島先生の会ではこれを機会にいつかこの会場で公演してくださいね・・・・」と言われたこととは天と地ほどの違いです。

こうなることが事前に分っていたので、打合せのときに「開演前の前説をやらないと・・・」等全て打合せ項目に入れたのですが、本番当日それらは全て無視。
凄い人がいるものだと驚きを隠せないでいます。

私には仲良しの中国人がおりますが、日本人より日本人らしいといつも驚くばかりでしたが難しい問題を経験しました。

この2ケ月間の打合せは何だったんだろう・・・・!!
懸念していたことが全て露呈してしまうという前代未聞の1日となりました。

様子を見ていると、中国側は楽しかったようです。
それが出禁になったことを反省すらできないでいることに日本側はただただ唖然とするばかり。

やろうとしたことは素晴らしい計画だっただけにみな好意的に出演した日本側出演者。
謙虚とか、感謝などほど遠い世界の人達でした。

怒る・・・・というのではなく、驚きと、まるで別世界の夢の中にしばらく身を置いた数日間でした。
良かったこと。 それは学べたことでしょう。  本当に勉強になりました。

今まで、諸外国との公演打合せで味わったことのない出来事のオンパレードでまだ夢の中にいるようです。
いろんなお話をしましたが、中国側が悪いと言っているのではなく、文化の違いなのか国民性なのか分からなくなったんです。  あまりの驚きをつづらせていただきました。  本当に凄かった!!

これから銀座での来年の公演の打合せです。
日本の担当者(企業)と打合せが出来ると思うとほっとしますね。

自分自身に「大変お疲れさまでした」・・・と言いたい。



プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
チーフ・プロデューサー
演出家

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