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 浅草にも春がやって来たぞ!

春1

日曜・祭日でもないのに浅草寺の境内は春の陽気に誘われて観光客の多かったこと・・・すごい!

中にはもう半袖もいました! すごい!
やはり、お城や神社仏閣の桜は似合いますね~

春2

隅田川沿いには小林旭の音楽(うた)が流れていました。
この土日はまだ早いかも知れないけどこの分だと来月4日頃は満開のようですね。
山と積まれたビールが観桜会を誰よりも待ってるようでしたよ!

春3

いつも思うんですが、ひと足先に大木にしがみついて花開くこの姿が一番綺麗で可愛いと思う。
沢山並んでいる大木に必ず見れるこの姿が微笑ましく思いますね。
よ~く見ると本当に綺麗ですよ!

 私にとって青春時代の場所

名古屋

私が青春時代に汗したお店です。

昨日のブログを見て「名古屋に居たんですね~」とメールが届きましたが、このお店は名古屋駅の地下と言っていい「エスカ地下商店街」にあります。
現在も「大和屋守口漬総本家」と言って名古屋では有名なお土産屋さんですが、この会社は全て製造から販売まで行っていて、勿論大都市の有名百貨店には全て出店しています。

ここの商品の主流は「奈良漬」ですが実に美味しい! しかし、実に高い。 まるでお刺身を買う感覚ですね。
この会社で店長をしながら企画担当へと代わりいろんなことを学びました。
当時の専務はとても立派な方でその方の教えが今にあるように思いますね。
厳しい人でした。 本当に真面目な方でした。 当時、青年会議所(名古屋)で大活躍をし全国大会で優勝をし、日本を代表し世界大会に出席をしそこで優勝を果たした自慢の上司でした。
その方が興した別会社「鈴波」がこの写真のお店です。 勿論ここも高級趣向品店です。
ここは大和屋主流の「守口漬」と違って、同じ粕を工夫して創ったシャケの粕漬けが大当たり。これも全国へ出店しています。

お店はのれんをくぐって入るようなまるで呉服屋さんのような高級感があります。
店作り等々参加させていただき本当に勉強になったことを覚えています。

春の新入社員を見ると思い出すのもこの会社に大きく起因しています。
新卒を募集に九州・沖縄とよく学校を訪ねて行きました。 フレッシュな高校生が胸を膨らませて入社して来たことを昨日のように思い出しますね。
それらの新入社員の教育担当(兼任)を8年もやっていたんですから素晴らしい経験でした。

今、こうして頑張っておれるのも本当にここで学んだことが基礎でした。

春になって・・・ 想うことのひとりごと・・・

 桜の開花宣言 東京浅草 3月25日

さくら2

さあ! 本番ですよ!!
やっぱり心が弾みますね !

3月25日 東京も開花宣言が下されました。

これは隅田川の桜ですが、今年は花観にでも出かけようか・・・!そんな気分でいるところです。
暖かいといいな~
いつもこの時期そう願うのですが、全国どこへ行っても桜(花観)の時期は花冷えと言って寒いんですよね!

私は雪国育ちですからよく分かりますが、観桜会の時期ってまだ周囲の山々はいっぱい残雪があります。
寒い訳ですよね!  それでも無風状態でポカポカ陽気ならラッキーなんですがそんな好条件は本当に何年に1度あるかないか・・・

先日青森料理を食べに行ったとき、弘前城が今年の観桜会を終えると城の土台を修復するためになんと16年もの間弘前城が姿を消すとのこと。  聞けば聞くほど行ってみたいですね!

私は名古屋に10年ほど住んでいましたが、なぜか桜はお城が似合いますね。
小田原城・会津若松城・岡崎城・姫路・名古屋城・熊本城は桜と一緒に楽しみました。 しかし青森の弘前城はまだです。 それだけに行ってみたい。
京都の三千院や寂光院の大原地区の桜も最高です。
つまり、桜はまさに日本を代表する素晴らしい花なんですね!
それにしても16年か・・・・・ 長い工事ですね~(相当行きたがっています!)

穏やかで楽しい気分になれるから素敵です。

  想像してみてください!

想像してみてください!
イチゴを食べるためにチュウブ入りのミルクを持って来ました。
真っ赤なイチゴに硬そうなミルク ???

間違えて歯磨きのチューブでした


想像してみてください!
裸になって勇んでお風呂場に行き湯船につかるあの感じを・・・
待ち切れずに足を入れたら貯まっていたのは冷たい水でした

給湯のスイッチを入れるの忘れて貯めたお風呂です


想像してみてください!
エスカレーターに乗ってる状況を
1m先のご老人が2階フロアーに降り立ったら前に進まず行き先を確認していました

恐ろしいほど後続がいるのに


想像してみてください
子供は元気に木の上で大はしゃぎ
丁度お椀くらいな穴は子供が腰掛けるには最高の場所です

しかし、その穴はくまん蜂の巣だったのです



想像してみてください!
春は想像も楽しいことを・・・




 忘れるものか 負けるものか!

大震災

絶対という言葉は使ってはいけないと思っていた頃があった!
絶対に忘れてはいけない日が明日で丁度丸3年になる「東北のあの震災」だ!

私も当日は仕事中で9階のビルの中にいた。 瞬間、一発目に来たあの揺れを今でも忘れることが出来ない!
「どうした!!」・・・、今までに味わったことのない揺れに襲われる。 まるでトリック映画でも見ているような凄まじい光景はとても言葉では表現できない。怖かった!このまま死ぬかと思った!

もうどの部屋も壊滅状態になった。
呆然とする中、テレビから凄い光景が映し出され始めた。 どこで何が起きたのか段々とニュースで伝わって来る。
今考えてみると、もう何が何だか分からなかったと言った方が正解だっただろう・・・。

時間が経過するとともに信じられない津波の映像!もうすべてリアルタイムだった。
1枚の写真をずっと大事に持っていたが、この人の心はどんなだっただろう・・・  ここに全てが集約されているようにも思えてならない。

この心の叫びを忘れることなくこれからの日々をもう一度考え直していかなければと思わされてならない。
直接被害に遭わなかった人はどうしても他人事になってしまいがちだ!

私が出来ること!
そう自分に問いかけてみての答えは「人間らしく生き続けたい・・・」だった。
ちっぽけな自分になどなんにも出来ないが、今置かれている環境の中で自分の出来ることをやる。
そう心に決めると結構動けるものだ!

その年の秋の踊りの発表会もなんとかやり抜けた。
そして、今年の発表会前日(2014.2.8)もご存知のように都内はあの大雪だった。 発表会の年に何かがあるのだろうかとさえ思ってしまう。

3年とは言うももの、住宅を奪われ、職を無くし、いやいやそれ以上に家族を亡くした多くの被災者を思うと我々などほんのかすり傷のようなものだ。
この人(写真)は今どうしているだろうか!!??  頑張って欲しい! 元気でいて欲しい! 負けないで!
そう慰めるしか言葉のない自分が嫌になってしまう。

もう、いつ何が起きてもおかしくない時代なんだと思う。 生きている内、せめて穏やかに、少しでも人のために何か役に立っていたいと痛切に思う。

まだまだ仮設住宅や、肉親を失った心が癒えないでいる被災者のひとが多いんだろうと思う。
心を強く、明るく生きて欲しい! 元気でいたら、健康でいたら、きっと良いことに巡り合えるはずだから。

あの震災で、尊い命を落とされた人々に心よりご冥福をお祈りいたします。

 波島陽子の舞台 感謝の打ち上げ

ありがとう

やっと開催に漕ぎつけた「光春譜」の打ち上げパーティー !
あの時依頼・・・と言いながら久しぶりの再会に当時が甦って来る生徒さんも。

貸し切りの会場には大きく引き伸ばされた舞台写真や開催のポスターが貼られムードいっぱい。
なかなか大型スクリーンに映像が映せないというハプニングもありながら会場は笑いでいっぱい。

何か、みんなで同じ目標に向かうって改めて素晴らしいと思う。
予定より1時間も遅れて映像はテレビ画面でみることになった。

私はテレビ画面に映し出される主人公の顔をずっと見ながら「どんな感じで自分の踊りを見ているんだろう!」とある楽しみを持ちながらその情景を見守った。
照れくさかったり、やはり内心は嬉しかったり!
実際にはそれぞれ踊り手本人は舞台全体を見ていない訳だからさすがに驚きや新たな感動はあったようだ。

乾杯の前にスタッフから私にまで花束(写真)を頂いた。
私の塾も多少は役に立てたんだろうか・・・・! 心からその嬉しさに顔がゆがんでしまった。ありがとう!

この次は・・・そう意を強くした生徒さんを見るとつい「良かったな~・・・」と素直に思う。
まもなく事務所のポスターも外さなければならないが・・・いつまでもこの感動は外せないだろう!

やはりありがとうでいっぱいだ! 出演者にも、スタッフにも! そしてパーティーを準備したスタッフにも。

 波島陽子の舞台 こだわり

舞妓

伝承ホールの舞台から丁度1ケ月が経った!
その間にまた大雪になったりご存知のように春とは名ばかりの寒い毎日が続いている。

しかし、それでも尚熱かったのは嬉しい限りだ!  つまり、今回の舞台の反響だ!
良いものは良い! ひとことで言えばそう言った方が正しいだろうか・・・!

出演者の映像編集を進めなければならないのに、その反響に対する応対が続くから編集が遅れているのだ。

あれから1ケ月の間に、DVDの注文が50本に届かんとしていること、そして連日の体験希望者の予約が後を引かないこと。

昨日は元宝塚劇団に男役として活躍されていた女性(ひと)が体験にやって来た。
長い宝塚の女優さんにして波島陽子の魅力に取りつかれて「どうしても波島先生から習いたい・・・」と言うのだ。
「どうしてなんでしょうね!私は先生のような踊りに憧れていました!」と続ける。
新舞踊はあまり好きじゃなかったのに・・・ そう言って笑う。

写真に載っている女の子は現在小学2年生! 5歳の頃から通い始めて約4年になろうとしているが実に形が美しい。
今回の舞台で他に「すみだ川」を彼女に踊らせた。
「あなたが二十歳、私が十七歳のときよ・・・ 」というあれだ。
おひきずりを着てきちんと踊れる! そして美しい!

実際に渋谷の舞台で観たお客様はさぞ堪能できたことだろう! つまり、この美しさこそ波島陽子が求めている波島流なのだ。
新舞踊でいて、まるで日本舞踊の舞台を見ているようですと絶賛である。
当の家元は至って謙虚だがそこがまた生徒にはたまらない魅力なんだろう!

長い芸能活動の経験にたゆまぬ努力が実った典型と言ってよい。 
岐阜市から毎週駆けつけてお稽古に励んでいる生徒さんがいると過日お話しをしたと思うが、長い宝塚の舞台を踏んだ(退団して数年経っているが・・・)彼女にして「美しい」と言わしめる。
「いえいえ、私も宝塚には子供の頃から憧れていて・・・」とあくまでも謙虚だがこの謙虚さの中に誰にも真似のできない謙虚さがさらに人間性に磨きをかけ美しい作品が生まれているのだと思う。

この女の子が、東京オリンピックに、何かの形で関われたならどんなに嬉しいか知れないのだが・・・

波島のこだわりが理解でき、多くの若者が育っていくようでとても嬉しい!

  花かんざし (立原えりか)

ひな祭りをお祝いして

童話作家:立原えりかさんのファンタジーランドから
「終わらない祭り」より

人形つくりは家(うち)が立ち並ぶ古い町の路地裏に一人で住んでいます
もう20年も雛人形を作りつづけてきました
ある年の3月3日、ひなの祭り
人形つくりはもう何十年も昔、人形つくりのおばあさんがお嫁にくるとき持ってきた
大切な雛人形を手にしています
「どれ、今年はどこか直して欲しいところがあるかね」
人形つくりは古い雛人形に話しかけました
「かんざしを・・・」まるで花びらが触れあうような
かすかな声を聞いたと人形つくりは思いました
「いいとも!お前に桃の花の形のかんざしを作ってあげよう」
人形つくりはそう言うと銀の板を取り出して仕事を始めました
そうして作り上げたのは、本当の花びらよりも薄くて軽い銀の花かんざしでした
人形つくりは、自分の吹きかける息にも揺れてチリチリと歌う
小さなかんざしを古い雛人形の髪にそっと挿(さ)してやったのです

人形つくりが銀の花かんざしを作った年から何年か後に戦争が始まりました
その年の3月3日、戦争の火は町全部をなめつくし、家を焼き払ってしまったのです
人々に交じって、人形つくりも何ひとつ持たずに仕事場を捨てました
絶え間なく降ってくる天からの火を逃れて逃げまどいました
すぐそばで少女が倒れても助けてやることができませんでした
水を欲しがる子供に、ひとすくいの冷たく澄んだものを運んでやることも出来ませんでした
人形作りのそばで、何人もの人が死んでゆき
彼も燃え盛る火の粉を右腕に浴びて大けがをしていました
誰ひとりひな祭りなど出来なかった
どこかにその年も桃の花が咲いて
うぐいすが鳴き始めたことなど忘れてしまった夜が明けたとき
人形つくりは自分の仕事場に戻ってきました

町は隅から隅まで焼けただれて、もう焼くものを失った火が
醜い煙を上げ、ブスブスと音をたてているばかりでした

人形つくりは息を呑みました
確かにそこだったはずの仕事場は、天井も壁も柱のかけらも残ってはいません
けれどもそこにはうず高く積み上げられた桐の箱の残骸が残っていました
何十組もの内裏雛が緋色の袴のボロボロに焼かれた官女たちが
箱からはみ出して重なり合っています
首は折られ、手や足はもがれ、髪の毛は焼けただれて人形たちはまだ煙を上げていました
人形つくりはそこに立って雛人形たちが燃えつくしてしまうのを
まるで人間の世界を呪ってでもいるような声をあげながら崩れ
灰になってゆくのをじっと見守ることしか出来ませんでした
その火を消してやる水がなかったのです
「ゆるしてくれ、ゆるしてくれ」、人形つくりは崩れて折れ重なっている雛人形たちを
片端から救いあげようとしてみました
けれど、手のひらにのせるだけで人形はほろりとこぼれて地面に消える灰になっていたのでした

朝の光は空に春が来たことを知らせていました
さて、その戦争が終わっても人形つくりには人形をこしらえることができませんでした
戦争で大やけどを覆った右手はもう使えなくなっていたからです
町に平和が戻り、雛の祭りが帰ってきても、人形つくりには雛の祭りは戻っては来ませんでした
これから先、どんなふうにして生きてゆけばいいのかと人形つくりは考えました
失った右手をぼんやり見つめました
そのときです
うなだれている人形つくりの耳にカラカラと回りながら近づいてくる
何かの音が聞こえました
人形つくりは外を眺めました
そこには穏やかな月の光が溢れていました
光の下に広がっていたのはまだ焼跡を残している町ではありません
溢れるばかりに咲いて匂っている桃の林が人形つくりの目の前に広がったのです
そうして咲き匂う桃の小枝が天涯(てんがい)のように伸びている林の中の道を
一台の御所車が進んでくるのでした
黒い漆塗りに金泥(きんでい)の模様をつけた御所車は
降りかかる桃の花びらを浴びて静かにやってきます
人形つくりは思いがけない光景をもっとよく見ようと外に出ました
薄紅色の花の中へ分け入って行きました
御所車がかすかにきしって止まると
降り立ったのは薄紫の着物を着た女の人です
ほっと匂うように、その人は笑いました
「どなたです?どこから来たのです?」人形作りは尋ねました
「ずっとずっと遠くからあなたのお嫁になりにきました。あなたの右手の代わりになるために」、女の人は言いました
「どうぞあなたの好きな名で私を呼んでください」
その声を確かにいつかどこかで聞いたことがあると人形つくりは思いました
おっとりと白いその顔にもいつか出会ったことがあると
じっと見つめている人形つくりの前で女の人は微笑みました
そっと首をかしげました
すると黒い絹糸のような髪に飾られたかんざしがチリチリと歌ったのです
それは、この世にふたつとあるはずがない人形つくりがこしらえた銀の花かんざしでした
プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
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演出家

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