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日本舞踊・あの日あの時

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「燦陽譜」として浅草公会堂の舞台の幕が開いたのは丁度1年前の10月30日でした。 波島陽子芸能生活30周年の歩みを綴るにふさわしい舞台を地元浅草公会堂に選び、その集大成は大盛況の内に幕を閉じました。
 燦陽譜というタイトルがオシャレだと評判でしたが、これは加藤和郎先生が付けてくださったもので、常に波島を評価して下さり応援してくださっている恩師でもあります。
 教室の生徒さんも時にi-mediaにお招き頂き、一人でも多くの人にと踊る場も設けてくださいました。
燦陽譜で波扇会としての公演は3回目となったわけですが、生徒さんにとって芸どころ浅草公会堂の舞台に立てるなんて夢のまた夢でしたね。
この大舞台に立ってもおかしくない舞姿に仕上げるその指導の力には本当に脱帽です。

 ここで少し、指導の難しさや重要性について触れてみたいと思います。
先日、衆議院選挙が行われましたが、あの光景を見ていていつも思います。つまり、国会議員の姿勢です。それは区会議員・県会議員でも同じことが言えますね。
この大舞台に立つために必死です。
 当教室の生徒さんやお弟子さんを見ていてもそれは強く感じましたね。みなさん上手に踊りたいとする気持ちは当たり前です。
それだけに私も出来うる限りの応援はしました。先生はそれ以上に本当に大変だったと思います。でも、救われるのはみなさん一生懸命だからやりがいにつながります。
 今回の衆議院選挙でもそれらしきことが如実でした。選挙前に起きたいや起こした不祥事はそのまま得票に反映され落選の印が押されました。 私が思うに、危うくセーフになった議員でも「のど元過ぎれば」でまた変わらない日々が送られるんだな~と悲しくも思えること。 議員で言えばそういう議員に限って「威張って」います。合格すると人間って変わってしまうんですね。
 私は、そういう人をプロ野球選手に例えて考えることがよくあります。つまり、どんなに御託を並べても、どんなに豪語しても、どんなに自己ピーアールしても、プロ野球で例えたら「結果オンリー」ということでしょう。 打てなければ、抑えられなければベンチには入れないのです。
 よく、一生懸命やったと言い訳をする人を見ますが一生懸命は不要なんです。つまり結果が出れば、効果があれば・・・、それが大事なんですね。
 先ほど「威張る議員」と言いましたが、これは職場でも、学校の先生でも、議員でもみな同じことが言えます。
 長いこと生きてきてハッキリ断言できるのは、指導力の無い人間ほど威張っている、或いは怒る・・・ということです。 分析すれば簡単です。
自分の思い通りにいかないから怒るのは本当です。つまり指導力が無いから怒るんですね。 オリンピックの柔道やレスリングの監督が厳しい指導をしている光景を東京オリンピックが近いからよく目にします。
その厳しさは鬼軍曹なんてものではない筈です。でも、なぜそれでは選手は着いていくんでしょうね。そんなことは一目瞭然です。
愛情に満ちた本気さに加え、しっかりとした指導力があるからです。 半面、特にひどいのは政治家(身近で言えば)たちです。 先生!?誰が!?そう言いたいですね。 選挙運動期間中と当選後のあの違い!!! 謙虚さの無いところに良い政治など決して出来ません。
 
 芸の力はプロ野球そのものです。練習を重ね、稽古して稽古して培われていくものです。 よく、芸能を志す若者が近々舞台や撮影があるのでと波島の門をたたいてやってくる人がいます。芸事など、本当のことを言えばやったことのある人は分かるでしょうが、2ケ月や半年お稽古したからと身に着くほど甘くはありません。
確かに、感性やセンスという部分も否めないので一概には言えませんが難しいです。
 それでも何とか仕上がるのは波島に指導力があるからと断言できます。いつかお話したことがあるかも知れませんが、その指導の結果を「自分がやった」と波島は決して自慢しません。 
あの舞台から今日で丁度1年経ちましたがこの1年を振り返ってもそれが本当によく分かります。
 燦陽譜の大成功大盛況の要因は「波島の心」にあった訳ですね。
生徒さんはその意をくんで見事に舞台に立ちました。 それでも一番謙虚であったのは家元だったと言えます。

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この大盛況と感動を呼んだ評価は私が言っているのではありません。 ご来場くださった多くのお客様の証言(手紙・メール・電話)から分かるんです。
これほど嬉しいことは無いですよね。 延々7時間もの公演に対し、ずっと満席であったことが素人さんの多いこの発表会で証明されたも同じです。
 一度大舞台に出たからと辞めていく生徒さんも一部はおられますが、殆どの皆さんは根っから日舞が好きなんですね。 発表会が目的でなく、お稽古そのものに充実感を感じている姿は我々にも強く伝わってきます。 その環境にまた一人、また一人と新人さんが門をたたいてきますが本当に嬉しいことです。

 振付作品(DVD)を制作し始めてから13年ほど経ちますが、今では全国に4000人ものみなさんが波島作品でお稽古し舞台で発表しているようです。中には中国・台湾からもお稽古にやって来ますが「美しさ」を評価してくださってのことだけに嬉しさこの上ないです。

 先ほどお話した舞台でも、或いは作品の収録でも本当に多くの皆さんのご協力を頂いて成り立っているんですね。

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 長い芸歴の中で波島が新人の頃からずっと着付けを担当くださった田島さん。
映画やテレビ・新橋演舞場や国立劇場等々で大活躍の着付師ですが「美しい着物」に出て来るほどの大ベテラン。

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 本当なんですよ。 こうした皆さんに可愛がられ、ご協力頂いてここまでやって来れたんです。
 どんなときも快く応援して頂き波島は本当に幸せな女性だと思います。
大きな舞台も、心からこのように応援してくださるスタッフがいて公演にこぎつけるんですね。そばで観ていて本当にすごいなってつくづく思います。

 波島の師匠が淺香光代先生であったことも波島陽子としては良かったんでしょう。幼い頃からお芝居(時代劇)が大好きだった少女の夢は自らの決断で淺香先生の門をたたき芸能生活をスタートさせました。
波島の挑戦はお芝居に留まらず「美しい踊り」を追求したいと同時に花柳流の先生や西川流の先生に教えを乞うための努力を何年も何年も続けたことです。
 その結果、波島陽子の踊りが完成しました。 全国のみなさんがどうして波島の振り付けで踊りたいというのか・・・、6年ほど前に私はそれが確信に変りました。


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 波島作品愛好者の殆どが口を揃えるのは、「美しい」「かっこいい」からなんだそうです。 創作する者にとってこれほど嬉しいことはありませんね。
 古典を大切に、日本舞踊の基礎がしっかりあって制作する新舞踊。まるでお芝居を観ているよう・・・との評価でいっぱいです。
 私が関係者だから言っているのではありません。 全国の日舞の指導者が各自それぞれの生徒の皆さんに波島作品で舞台に立たせたいと言ってくださいます。
時々頂くお便りに、「浅草の生徒さんは幸せですね! だって直接陽子先生に教えてもらえるんだものね!」 こんな誉め言葉があるでしょうか!? 

 こうした作品で組まれたプログラム。私も改めて昨年の舞台の映像をもう一度観てみようと思います。 
あれから1年。その評価と影響は語れないほど大きくなって還って来ました。
「浅草を着物で歩こう」の企画は12年も前に大手旅行業者と組んでスタ-ト。
今では年間2000余名もの外国人観光客の皆さんが着物や日舞の体験にとやって来られます。
 多くのみなさんが大はしゃぎでカメラを回したりしている中、やはり疲れたのかポツンとしているお客様も見受けられます。 つい先日、16名もの団体さんのとき、ひとりポツンとしているお客様の隣に座ってピースする波島。この光景にみなさんとても驚いていました。
日本の素晴らしさは「美しさ」と言います。 外国のみなさんは日本人は親切、食事が美味しい、町が綺麗、と口を揃えて言います。心の美しさこそ日本人の財産なんですね。おもてなしなる言葉が流行りましたが、この対応にとっても喜んで下さいました。
 外国人だからでなく、「ああ!波島の性格なんだな~!!」と思えた一瞬でした。このことは旅行業者からも後日「お客様に聞きました・・・」とお礼のメールが届きました。

 殆どが素人さんの波島陽子日本舞踊教室。昨年の浅草公会堂の燦陽譜の大成功の秘訣はそこにあったんだな・・・とつくづく思いました。
心でする行動は簡単に見えますが、今の日本人でもなかなか難しい時代に入りました。 感謝できる人と出来ない人。 他人(ひと)に優しく出来る人と出来ない人。 発表会を通じてもとても多くを考えさせられる昨今です。
悲しいかなそれは自分のことが中心だからに他なりません。

先日、デンマークに行って来た中学の女子生徒が日本舞踊を指導した波島に何人かで会いにやって来ました。
その心が嬉しいんですよね。 それは人間だからです。 その行動をとれることが指導の成果でしょう。

世の中がこれだけ便利になって、一番失われているのが心ではないだろうか!?
波島が一番やりたいことは「心の復活」なんだと思います。勿論彼女はそう思っては行動していなでしょう! 「私には何も出来ない!」と謙虚ですが、これほど貢献している人物は少ないのではないだろうか!?
 「日本舞踊を通して楽しく過ごせたらいいね!」とくったくのない顔で笑います。

 あれから1年。 ゆるがぬ気持ちを持ち続ける波島をとことん支えたいと思います。舞台公演1周年を記念してつい先日日光・鬼怒川温泉に行って来ました。
 一緒に行った中国人のお友達3人もとても喜んでいたのが印象的でした。

 大舞台から1年経って、次に向かって笑顔で歩き続ける波島陽子に改めて拍手ですね。


開校11年を迎えて

開校11年を迎えて


10年ひと昔と言いますが本当に早いですね! 浅草に波島陽子専用のお稽古場を開設して10年が過ぎました。(現在11年目に入りました)
心機一転、更に心を新たに20年に向け頑張らないと・・・

写真を見て感慨にふけっています。「ああ!開設の日、多くの皆様に祝福されて踊ったときの写真だ」 教室は波島の義叔父が心をこめて作ってくれた道場。
しっかりとした作りで未だ新品同様の綺麗な教室です。 写真左上に少しだけ見える装飾(造花)の紅葉が懐かしい。
道場が生徒さんのもうひとつの大切な居場所であって欲しいと考えに考え工夫を凝らした唯一の飾りですが、お稽古場を10年間見守り続けてくれたのもこの四季折々の飾りです。
勿論、波島の性格は変わりようがありませんが、通して120名ほどの生徒さんに恵まれて今日までやって来れました。
一人でも多くの若者に日本の伝統や文化を日本舞踊を通して伝えることが出来たらと腰を上げたのは大正解でしたね。 「習ってみたい」とする若者は本当に多く、その動機にも驚かされます。

特に日本舞踊はお金がかかるという印象は現在も尚否めません。これは今までの日本舞踊界のおかしな伝統なんでしょうね。 高い費用では多くの広がりを求めるのは不可能と立ち上がった波島陽子日本舞踊教室の費用は他の流派に笑われるほど安価なものです。 入会を希望する生徒さんが一番気になるのが勿論「料金」です。 そして、「発表会にはどうしても出なければならないんですか!?」と聞いてきます。 それが習いたい側の本音なんでしょうね。
勿論、波島教室に強制というしきたりやシステムは皆無です。 開校以来、今までに3回発表会を開催しましたがその都度会社が全面的にバックアップをし素晴らしい思い出になる舞台でその日を迎えました。

最初の会はこれも義叔父が建てた料亭での舞台。 ご家族をお招きして100名ほどのアットホームな会でした。
2回目の舞台は渋谷の伝承ホールでの開催。この辺からは舞台経験豊富な波島ならではの舞台に。とても素人の立つ舞台ではありません。
私も芸能事に携わって40年ほどのキャリアがありますが、今までの経験、積み重ねがこのように役立つとは思ってもいませんでした。
様々な舞台を手掛けた(演出・構成・脚本)私の経験は全国の劇場・有名ホテル等での一流歌手等のディナーショーまでその数は数えきれません。

発表会で言われる事。それは昨年10月の浅草公会堂での発表会(燦陽譜)での観客の皆様から頂いたお手紙やメール・電話で確信に変わりました。
「こんな舞踊の発表会は今まで観たことない」「これ、発表会ですよね!」・・・、一人一人の生徒(出演者)に添えた開演前のメッセージ。これこそが師匠波島の心(ぶたい)だったのです。  出演者は夢中で、緊張していて分からなかったでしょうが、客席からの温かな拍手、そして感動の涙。 普通、発表会は自分の身内や友達・知人の出番が終わるとその前後10曲くらいで帰ってしまうのが残念ながら常です。 しかし、昨年の第3回目の舞台は違いました。 帰らないのです!
常に1000人ほどの満員であったことが如実にその評価であったと思っています。
勿論、この舞台もポラリスから何百万もの支援を行いました。  でなければあれだけ豪華な仕掛けは出来ないからです。
生徒さんが喜んでくれれば良い! この心きっと伝わっていると信じています。
実際、ご年配の生徒さんで、今まで別の教室で習っていたのが試しにと浅草にやって来ます。 指導方法の違い、指導者の人間性に驚くそうです。
しかし、当の家元はそんなそぶりは微塵も見せることはありません。

考えてみればそうですよね! 普通の学校、つまり中学や高校の先生が怒鳴った・・・とか、罵声を浴びせた・・・とか、目を覆うようなニュースも最近は頻繁です。 クラブ活動の指導者。私の知っている限りの日舞の指導者等もみな共通点が多いです。 いろんな企業(しょくば)を渡り歩いて来た経験上、社員が辞める会社の殆どが上司、或いは経営者が威張っているという共通点です。
凄いときは驚くほど興奮して怒っています。 波島陽子に出会ってはっきり分かったのは、指導力のある師は怒らないということです。 分かりやすく言えば指導出来ないから・・・、自分の思い通りにいかないから怒るんですね! 一番タチの悪いのは威張っていて怒ることです。 これはどこでも見受ける光景です。
波島が教室を持つ前からの指導歴で言えば、私の知っている限り15年ほど指導する現場を見て来ましたが、一度も怒ったところを見たことがありません。
からと言って優柔不断ということでは決してありません。 ただ一度だけ、8年も前でしょうか!? ある会社の社長の横柄な態度に「あなたは日本舞踊を習う資格がない」と突っぱね辞めさせたことがありました。それもいきなり告げた訳ではありません。おそらく8ケ月以上ものわがままで横柄な態度に見かねてのことだったと記憶しています。 その後、私に「何とか取り持ってくれないか!?」と連絡がありましたが、師匠の心が分かるだけにやんわりとお断りしたことを覚えています。

この10年間を見ていて思うのは、「こういう人物こそ文化庁等に表彰されても良いはずだ」と断言できるのです。
指導者のお手本ですね。 全国の波島作品愛好者の数も途方もなく増え、先日は関西から初めての作品購入者からこんなメールを頂きました。 
「私の娘が近々結婚するにあたり、披露宴で私がお祝いに娘へ踊ってあげたいのです・・・」と。
頂いたご依頼の作品をお送り致しました。すると3日後くらいに「なんて素晴らしい作品なんでしょう!娘は3歳の頃から古典をずっと続けて参りましたが、この作品に感動し母娘共々涙が止まりませんでした。本当は私が踊るつもりでしたが、お母さん私に踊らせてと言うことで花嫁本人がこれからお稽古をして踊るそうです。」
まだまだ書いてありましたが、全国のみなさんは波島の作品を手にするとみな同様に感動してくださいます。
私が自慢したくて言っているのではありません。 これが波島陽子の集大成なんでしょうね。

昨日、デンマークへ行って来た国際重点教育の一環として行われた親善大使が教室を訪ねて来ました。 まだまだ中学2年生ですが、この経験をすることでひと回りもふた回りも大きく成長したように見えました。
「波島先生!」・・・・と飛んで来るその姿を見てつくづく思います。 教室を開校してまもなく引き受けた親善大使(こどもたち)への指導も来年で10年目に入ります。 殆どボランティアでなければ出来ないような大変な指導です。

日本舞踊の指導を通して「日本の心」を伝えたいとしているんですね。ここまで続けるということは並大抵ではありません。

現在、外国人観光客の皆さんが浅草にはとても多くやって来ています。まさに国際都市ですね。 今でこそ着物を着て浅草を散策するツアーは増え、浅草でも驚くほどその着せ替え業者(店)は増えました。 しかし、波島教室で送り出すその着物姿とはどこか大きく違います。
他の皆さんは商売でやっている点です。 この着物を着せる業務はおそらく波島が一番早かったように思います。 絹の振袖、品質重視の浴衣等々、最初は500万円ほどでほんの少し着物を買い求め、「浅草を着物で歩こう」と題し大手旅行業者との契約でそのツアーを始めました。 教室を開校するずっと前からです。
つまり、本物志向で臨みたいと思ったんですね。  よく一緒に中古を探し回りました。  ひとつひとつ、1回1回手を抜かないやり方に当然フアンは寄って来ます。 その一部始終を私は見てきたのです。
今では外国人相手のツアーは波島教室だけで年間約2000名に達しようとしています。コツコツコツコツやって来て10年。信念を貫き通すこの心根あっての大偉業だと拍手を贈りたいくらいです。

開校10年を記念して、ご褒美に旅行にでもと計画しこの秋に出かけるのが日光東照宮です。 日頃忙しすぎるからゆっくり温泉ででも骨休みが出来たらいいですね。 日光江戸村は開村(オープン)当時淺香光代師匠の監修で「花魁」の舞台が落ち着くまでと半年も舞台に立ったそうです。
それでも東照宮は行ったことが無いというので波島の友達と全部で5人での珍道中がまもなくです。
 
残念ながら、本当に自己中心的な人が増えました。その事故この事件どれを見ても自分勝手としか言いようがないのが現実です。
どこまで出来るか個人の力などたかが知れていると思います。しかし、日本人なんだから、日本は素晴らしいと信じて諸外国から多くの観光客の皆さんが訪れる訳です。 自慢しても良いと思います「私は日本人です」・・・と。

「日本の心」をどこまで伝えられるかは途方もなく難しい問題かも知れません。
せめて、教室の生徒さんからだけでも「日本の心」が発信できたらどんなにか素敵でしょう。
波島の心を支えながら、日本の心を更により素晴らしいものにするために私も負けずにひと肌もふた肌も脱ぎたいと思っています。

この10年、1回も休むこともなくやり続けた波島の健康管理は見事すぎます。
取り組む姿勢に脱帽です。

心から10年間ご苦労様と言いたいですね。
さあ! 20年に向かって頑張らなきゃ

校内暴力の今昔物語

学生

浅草はきっと日本で一番海外のお客様が訪れる歴史ある街じゃないだろうか!?
そこには不思議なくらい笑顔が溢れています。
嬉しいんですが、心配なのは特に仲見世通りなど「日本語」を聴くことが出来なく、その殆どは中国や韓国他外国語がはびこっていることです(笑)  
観光地だから当たり前と言ったら当たり前ですね。

でも、そんな中、本当に初々しい日本の修学旅行生を時々見かけます。どの学校も共通して言えることは、その殆どが不思議なほど清々しい少年少女たちだということです。
それは制服もさることながら彼らの表情にその素晴らしさが伺えるのです。
勿論、我々の時代ももっと初々しかったかも知れませんがね。 
仕事柄、外国人の観光客の皆さんに振袖や袴姿を提供し境内をご案内する訳ですが、学生たちは女子に限らず男子もこぞってやって来てこのように写真をねだります。 やっぱり振袖は素敵ね! 可愛いな! ・・・そう思うらしいですよ。

私たちの場合、特に毎年デンマークへ行く親善大使(学生)の日舞指導を担当させて頂いているものですから、学生に直に触れることでこの年代の心根に触れる機会も頂いています。

波島陽子が、一人でも多くの若者に「日本の心」を日本舞踊を通して伝えていきたいと活動を始め11年が過ぎました。
一口で11年と言いますが振り返ってみたら凄いことですね! でも、我々の心根が通じたときの喜びは半端じゃありません。
昭和から平成にかけて特に若者の心根は大きく変わったんじゃないでしょか!?  「味気ない!」「冷たい!?」「自己中心的!?」「謙虚さの不足!?」・・・、全てとは言いませんが、今や昭和はすっかり影を潜めてしまいました。
それでも、日本舞踊を習いたいと通ってくる若者を見るとひと安心です。
ところがです。 勿論そうした若者も最先端のスマホ時代の若者たち。生活スタイルはみな同じでしょう(想像)。
せめてと思うのは、心だけでも「頼むよ!」・・・そう願う自分がいます。

「平成は良かった」・・・! そう言えるんなら何も心配はしません。 いつも思うのですが、この若者(こども)たちが悪いのではなく、この子らを育てた親にその責任があるように思えてなりません。 実の子に遠慮なんかしていたら最悪ですね。 しつけをしよう。教育をしよう・・・と思っても、最近の親そのものに大きな問題がある。 これははっきり言えますね。
怖いほど如実なのは、マンションに住む子育て真っ最中のそれぞれの親の考え方です。同じマンションに住んでいながら、エレベーター等ですれ違う住民に「挨拶をするな」と指導しているとか!? はっきり言って世も末です。
確かに事件等でそう考えても不思議はないのかもしれませんが、ではその親はどうしているか!? まず挨拶をすることはありません。悲しいですね!
つまり、心の交流を経験せずに成長する怖さは爆弾を抱えて大きくなるのと何ら変わりはないでしょう!!

先日、九州のある学校で教師を後ろから「蹴る」というびっくりする映像を目にしました。 おそらく頭を抱えたのは私に限らず相当数いた筈です。 学校長や教頭クラスのインタビューにも口あんぐりでした。
教室ではその光景に笑い声すら聞こえたのです。 そのニュースを見ても、みんな他人事でしかありません。
叱ったら訴える学び舎。 我々の頃は、先生にげんこつをもらったと言えば「お前が悪いからだ」となったはずです。 だからと言って親は教師任せにしていません。 一緒にご飯を食べ、一緒にお祭りに行き、その愛情を一身に受けた家庭が多かったはずです。
きっと、こう綴っただけで、「何を言ってるんだい!」となるんでしょうね昨今は。
 
それでは、嬉しいことや悲しいことは家族としてどう共有しているんだろか!?
共有経験のある子に悪い子は基本生まれません。  そこには深い親としての愛情があるからです。 愛情があるから本気で叱ることが出来る。
昭和の頃はお爺ちゃんやお婆ちゃんに育てられた子は人間として素晴らしい心を持った子が育つとさえ言われました。
それを感じ取る子供側にも「感謝の心」を持てる素直さがあったのでしょうね。

昔、「吉岡たすく」さんの講演を聞いたことがありました。 私は自然とこのような素晴らしい師には巡り合える環境があったような気がします。
教師を蹴飛ばした学生、それを見て笑っていた学生も今の親の子です。これはハッキリしています。 学校が悪い訳ではありません。 全て親の責任です。
だから未成年なのではありませんか!?  若い父親よ、若い母親よ! 本当に我が子が可愛いというのは放任することではないんですよ。
先生を蹴飛ばすなど言語道断、なんの言い訳も出来ないのが当たり前です。

私が35歳前後の頃だったと思います。 当時田舎の旧道を車で通りかかった時の出来事です。前方から制服姿の高校男児がタバコをふかしながら歩いていました。 性格なんでしょうね! 私は車を止めその学生に声をかけました。
見ると校章でどこの高校生かすぐに分かりました。 すかさず、「高校生かい!?」・・・と私は声をかけました。
「そうだよ!」、口のきき方も知らない学生はふてぶてしくそう応えました。
「君はどうして天下の往来をタバコをふかしながら歩けるんだい!?」  すると彼は「先公か!!?」と私に言いました。「いや違うよ!」、すると「じゃあポリ公か!?」と返って来ました。
「違うよ!」と返すと「じゃあ関係ないじゃん」となりました。当時のこのことは今でも鮮明に覚えています。
タバコを捨てさせ、尚ポケットのタバコも出しなさい・・・と言いました。勿論拒否したので、「じゃあ一緒にこれから学校へ行くか!?」すると「捨てればいいんだろう捨てれば・・・・」、そして彼(高校生)は堀にタバコを捨てたのです。
せめてジャンパー等の私服であれば車を止めることは無かったでしょう。社会を舐めてはいけないと伝えたかっただけなんです。
会社に戻ると偶然すぎるほどのタイミングで彼と同じ学校の女子生徒が私の職場にバイトで来ていたのです。即その出来事を彼女に話しました。すると、「社長!殴られませんでしたか!?」と言われたのです。  「なになに!この場合殴られるのか・・・・?」、「普通やりますよ!気をつけた方がいいでよ・・・」!!
もしかすると、こんな形で私は命を落とすかも!? そう思ったことは事実です。

仕事柄、いろんな若者(学生も)に接して来ましたが、今なおそうした気持ちは変わらないですね。  別に悪いこと(ところ)だけが目についている訳ではありません。 素晴らしい若者にも沢山出会い交流を深めて来ました。
心ある若者は基本的に深い親の愛情で育っています。 勿論、不幸にして親の離婚やその他の出来事で親から愛情を受けたことが無い・・・という若者だって少なくありません。
それでも、親の責任は重大で重要です。 教師が、親や生徒に気を使っているようでは正しい教育など出来るはずがありません。
点取り虫にはなったが社会に通用しないなんて若者は本当にいっぱいいます。

私は仕事柄、若者の「夢の実現」を応援したいと、どこまで出来るか分からないことに今なお心を砕いています。
ちっぽけな私がどう転んだところでその影響は小さいのかも知れません。しかし、人間だから持てる「情熱」というのがあります。「信念」と言うものがあります。私の行動でこの「情熱」を身に着けてもらうことだけでもやりがいです。
恩にはきせませんが「感謝の心」の扱い方が分からない若者でいっぱいです。言えば恩にきせたことになる。 言わなければ応用のきかない若者が育ってしまう。
何か言うと『何言ってんだ!』と思う若者が増えたこと。 だから、九州の学校で起きた先生蹴飛ばし事件は分からないではありません。  
 
私の考えの中には、「職業」と「聖職」とがあって、教師や僧侶、警察や医師は聖職だと思っています。 波島陽子でさえ日本舞踊を教えるだけでなく、取り組むその心根は立派に聖職なのです。ある意味、子育て中の親は聖職の最たるものでしょう。人間を導くのだからね。
従って、未成年の教育は、大人が親が、本気で生きていないから情けない出来事が充満してしまっているんじゃないだろうか!?
負の産物は間違いなく信念の無い大人によって生まれてしまっているのだと思えてなりません。

人間は2度死ぬってご存知でしょうか!? つまり、誰もが訪れる最初の死は、医学的に、科学的に「ご臨終です」で訪れます。
死が2度あるとすれば、その人はもう1度死ねる訳です。 ということはまだ生きていることになりませんか!? そうなんです。つまり、2度目の死とは、人々の思い出から忘れ去られた時にやって来るということです。
人間世界の素晴らしい「生」ですね。  いつまでも忘れ去られないその生き方こそが人間だから成せる業なんだと思いませんか!?

冒頭で修学旅行の生徒の話に触れました。 あの子たちはまだまだ純情そうです。 つまり、日本のどこかには少しだけ希望の持てる地域があるように思えます。 それはきっと、愛情たっぷりに我が子を愛する親がまだいるということです。 若者全てが悪い訳ではありません。 しかし、若者らしく何かに挑戦する勇気を与えるのも親の責任かもしれません。
私の田舎でも、今から40年ほど前にこんな事故がありました。 お盆休みでしたが、5人乗りの乗用車に乗った6人の若者が信号無視で交差点に突っ込み全員即死でした。対向車はなく自業自得の暴走事故は悲しみの無い事故でした。
それは、町でも有名な悪ガキと言われた6人で、親でさえ手を焼くほどでその事故死に親が涙を流さなかったとニュースになったほどの事故でした。

とても教育や指導など出来ない若者がいるんでしょうか!? それは違います。上野動物園で話題のパンダの「香香」が可愛い可愛いと評判です。 まして人間の赤ちゃんが可愛くない訳がありません。
愛情がどれほど大きな指導の役割を果たすかを世の大人たちはもう一度それぞれの心に「勇気」を添えて、我が子、いや多くの若者(未成年)を見守っていこうじゃありませんか!?
同じ一生、本気になって歩くのも教育の一環のような気がします。 優しさに、笑顔を添えるだけで本物の勇気が湧いて来るはずです。
もう一度、この写真を見てください。子供たちは夢でいっぱいに見えませんか。
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岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
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