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 健康で明るく楽しく

浅草寺

今年も1年間本当にありがとうございました。

2017年は私にとって実にいろんなことが凝縮されたような珍しい年でしたね。
そんな中でも、私の一番のニュースと言えば何と言っても「大腸がん」が見つかったことでしょう!!
まさかと思い、嘘だと思い、一瞬言いようのない不思議な不安もよぎったことが今でも脳裏を離れません。

見つけると同時にポリープも一緒に全て取り除かれた写真を見たときの安堵感。
本人しか分からない心の闘いを1冊の本ににまとめたかったくらいです。
つまり、病院のベットの上で考える時間が多くあったからね・・・。  でも、観音様のおひざ元に暮らして
いて救われたのかも知れません。

人間はときにはどこかで立ち止まって静かに考える時間も必要なんだと今更にハッキリと感じたことも
事実です。
世の中には、良いにつけ悪しきにつけ、誰もがどこかでときには休み休み歩きなさいというお告げかもね。

全国の神社仏閣にこの年末年始にどれほどの人が訪れるんでしょう!
観光地浅草のような地へは、その殆どが観光客かもしれませんが、どうみても1年の締めくくりに・・・と多
くの日本人の姿も見受けられます。

苦しいときの神頼みなんでしょうか!?  
「お賽銭に5円玉ひとつ・・・、なんと願い事の多いこと」、こんな句を詠んだ人がいましたね。
とっても的を得ていてよく分かります。

多くのこの人たちを見ていて、それぞれ今年はどんな1年だったんだろうと思う。

自己本位というか、見えない心の底は「自分さえ良ければ」の人が多くなったんじゃないか!?の懸念。
時間の作り方を知らない若者が右往左往する姿。 まだまだ目標が定まらないで無駄な動きの多い若者。

圧倒的にスマホで見るように、便利さにかきまわされている若者の多さ!!
まったくもって人間としての歩き方の欠如に将来の不安を隠せないでいるのも事実です。

便利なことは確かに素晴らしいことです。  私が昔奈良の薬師寺へ行ったときのことでした。
当時の館長「高田 好胤」の法話に便利さが人の心を奪うという説法がありました。 私もまだ若い頃でし
たが、とってもよく分かります。

日本人の心の奥底にあるおかあさんの優しさに対する感謝の心が大切・・・と。  つまり、この優しさこ
そ「愛情」なんだと。


今夜恒例の紅白歌合戦が始まりますね。
今の若者には伝えても伝えきれない部分がはがゆさとなってしまうのは私だけではない筈です。

極端な言い方をすれば、昭和で日本が終わってしまったと言っても過言ではないような気がします。
何故昭和の歌が国民に愛されたのか!? そして、なぜ昭和の歌が心に響くのか!?
今の歌を歌っていたら日本舞踊もいつかきっと廃れます。  歌謡曲や演歌には日本の心を代表する
人としての心が宿っています。
そのことが、人に対する痛みや愛情を知る最大のものだからです。  詞を耳にするだけで日本の、故郷
の風景が思い出される。

可愛いとか、かっこいいとかも憧れのひとつかも知れません。 しかし、真心が感謝に変わるような出来事
をもっと若者に体験させ伝えていかなければ本当に日本は沈没してしまう。

礼儀を教えようとしても、押しつけになってはいけない・・・などと遠慮なのか諦めなのか迷うことしばし。

これも大切な礼節でしょう。 日本にはお中元やお歳暮、暑中見舞いや年賀状という風習があります。
奨励はしませんが、大切ですよは伝えたい。
つまり、これらは義務でもなんでもなくその人の心(きもち)だからです。
確かにスマホで「ハッピーニューイヤー」の時代のようです。 しかし、これでは本当の心は伝わりません。

結婚して幸せになりたいと思うことはいつの世も変わりはありません。
しかし、結婚して幸せになれた人の殆どが素晴らしい心を持っていたからに相違ありません。これだけは
断言できますね! お金も無ければ生活もなかなか思うに任せないかもしれません。しかし、極端に言え
ばお金より思いやる心(あいじょう)です。

これらも全て便利さが崩壊を招く要因だと言い切れます。

感動し、感謝の心が湧き出てくるのは今の世(かんきょう)では難しい時代になってしまっている。
横断歩道どころか、一般道でも歩きスマホや自転車をこぎながらのスマホ!! つい先日大学生(女子)
が自転車スマホで歩行中の女性にぶつかり、相手が死んでしまうという悲劇が起こりましたね!!。

私が言いたいのはスマホを言っているのではありません。 つまり、人としての常識が、その殆どが失わ
れているという現実を言っているのです。
年始だからとりあえず神様に(初詣)お願いする!!!!? しないよりは良いでしょうが、願いが叶う
のは自身の心の持ち方だと言う事を知って欲しいのです。

調子にのって良い話をしがちな経営者。 そのことでどれだけ多くの人が困っているかわかりません。
分かっているようで分からない(人の気持ち)経営者がいることも事実。 これも人間性です。
社長は偉いと思っている経営者。 私も多くを知っています。
成功する経営者はさすがに謙虚です。 それは従業員(ひと)を宝だと思っているからです。
会社とは違いますが、波島陽子は日本舞踊の指導者ですが、その前に人間(ひと)として実に謙虚です。
誰よりも生徒(ひと)を大切にしています。
そこで感謝の心を持てる生徒(ひと)とそうでない人に分かれるのです。

どこの企業でも、どこの団体でも辞める原因の最大の理由は人間関係(こころ)です。 その他があると
すれば精神力の欠如でしょう。  何でも簡単に出来ると思った心の甘さです。

まもなく、「どうぞ今年は夢が実現しますように」・・・とか、「夫婦仲良く幸せでいれますように」等々初詣
で手を合わせるんでしょう。

間違いなくその夢が叶う方法があります。
それは、流行に流されるのではなく、心からの愛情を多く注ぐこと。 そして何よりも謙虚で人を大切にで
きる優しさを持ち続けることでしょう。 そして何より健康です。 心の健康も実に大切です。

注いだ愛情は必ず還ってきます。 
還ってこないのは、相手が便利さで心を失くしたのが原因と言っても過言ではありません。
私が最近久しぶりに便りを送った若者がいます。 今は遠いところで頑張っていますが、何の便りもあり
ません。  淋しいですね!

人間(ひと)はそうした愛情で一喜一憂していることを決して忘れてはいけませんね。

新しい年を控え、年の暮れに思うことは、私も「同じ轍を踏まない」ということだと思っています。

また来年も「若者の為に」はきっと変わらないんだと思う。 人一倍お人好しと分かっていますが夢が実現
したときに感動のあまり抱き合えるような素直な人生の1ページを刻み込みたいと思っています。

笑顔の中にも確固たる厳しさを失わず相手(ひと)の為に生きていきたい。

そう思っている自分に、来年はどんな出会いがあるんだろうと楽しみでなりません。

医師(せんせい)が言っていました。 「あなたは本当に運の強い人ですね! 頂いた命(運)を大切に
これからも歩いてください」・・・・と。

少なからず一人でも本気で歩きたいという若者(ひと)の手助けが出来たらいいな。
そう思って初詣は手を合わせて来ましょう。




この1年間、本当にありがとうございました。

平成30年も、健康で明るく楽しく歩いて行きましょう。    
                                          
感謝










 世界のクリスマス

1サンタ

昔はクリスマスを海外で過ごすことが多々ありましたね。

まもなくクリスマスですが、この時期に社員の慰安旅行を毎年グアムと決め、クリスマス前後に
常夏の地へ出かけていたことが思い出されます。
社員も若い人が多く勿論私も若い時代でしたから正月からのイベントを控えたスタッフと一緒に
それは青春時代真っ只中でした。

昨今は特に地震だ北朝鮮だ・・・と物騒な話しばかりですが当時はどこへ行くにも安心して出か
けたものです。

今日本に繰り出す外国人観光客の数は史上最高と言われています。
いろんな海外に出かけてみて「観光地」の在り方を再認識し多くを学べたのもこの頃でした。

サンタ3

いくつになってもクリスマスって響きはいいですね!
私の今年のクリスマスはお稽古場で新作の撮影があって波島の舞姿をただ真剣に追っています。

ハワイとか、グアムってやはり開放感があってなんとも言えない雰囲気です。

ところが、・・・

サンタ2

ここはモンゴルのウランバートル

経験したことない零下30度でグアムのクリスマスは氷の祭典も同時に開催していました。
寒い国へ温かい気候時に行ってもやはりつまんないものです。
しっかり寒さを体感して初めてモンゴルを知ることが出来るからです。

そう言えばイギリスを訪れたときも寒い寒い時期でした。
ホッカイロがいくつあっても寒かったバッキンガム宮殿を思い出します。

昨日から上野動物園では日本中が大騒ぎしているパンダの話題でもちきりです。
吐く息の白さもみんなあの笑顔で吹き飛んでしまうほどのホットなニュース。

温かいニュースほど素晴らしいクリスマスはないですね。

シャンシャン(香香)一色な年末ですが、日ごろ事件や事故のニュースが多い報道の中で年末に
ほっとするひとコマです。

                         メリークリスマス





 人間白鵬の資質

白鵬

日本古来の伝統文化に大きな汚点を残した年の暮れのようで実に残念だ。

とりも直さず関取「貴ノ岩事件」について日本中はおろかモンゴルまで、
これ以上いくと日本・モンゴル両国間の政治問題にまで発展しかねない。

事の起こりをずっと聞いていて思うのは、日馬富士が暴力をふるった以前の
話の様で聞くに堪えないほどたまらない。

生意気だったとか、挨拶しない・・・とか、どこにでも転がっている話でし
かない。
ところが、天下の横綱が絡んでいるから事は大きくなった。

どんなことにも真相はあって当然だが、一旦ことが起きるとマイナスなことは
みな逃げてしまうから始末が悪い。 これは何も大相撲に限ったことではない。

生意気だから注意した! 同じモンゴルだから先輩格として!!!??
それは違う。
つまり、一番の問題は横綱白鵬の心の持ち方にあると断言できる。
横綱だから偉い訳ではない。

私も相撲は大好きで知っている方に入る大相撲フアンだと言い切れる。
よく「心・技・体」と言って上に行けば行くほどこのことは大きな問題だろう。

日本人横綱が全て立派だったかと言えば問題児が何人か居たのは否め
ない。
それでも相撲道は日本の心を代表していると言っていいだろう。

その点、白鵬の最近を見ると実に謙虚さに欠けるのが残念でならない。
日本人力士は一体何をしている・・・と叱咤しながらも私は白鵬のフアン
だったのかも知れない。
しかし、最近の白鵬を見るに人としての「おごり」が垣間見れたとき、これ
は何か起きるんじゃないかと思っていた。

私はボランティア(ユニセフ)のイベントでまだ白鵬が横綱新人だった頃、
恵比寿の会場で一緒になったことがある。

つまり、その頃から周りのチヤホヤ扱いに酔っていたことを懸念していた。
ところが、朝青龍の行動が目立ちすぎ逆に白鵬に良いイメージが増えて
いったのだ。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉がある。
いろんな事業者(社長)を見て来て、嫌というほど威張っている経営者を見
てきた。
そういう経営者ほど社員を大切にはしていないと断言できる。
つまり、これが錯覚からくるおごりなのだ。 周りにチヤホヤされて勘違い
するのだろうと思う。

白鵬で言えば年齢的にもまだまだ若造だ!
確かに努力したことは褒めてあげたいほど素晴らしいと思っているのは事実。

今回、どうもことの成り行きを精査すればするほど、一番悪いのは横綱白鵬
だと思えてならない。
そんな横綱を私は愛しフアンとして今日まで来たのかと・・・・

横綱白鵬に「謙虚さ」があったらこの事件は起きなかったと言い切れるのだ。
つまり、どこかに「俺は偉いんだ・・・」等のおごりがまるで先輩としてな
どと聞こえのいい言い訳で「説教」したとされるが、そこが大きな問題だ。

貴の岩が、「横綱に勝った」と発言したこと。 「これからは我々の時代だ」
・・・とか言ったらしいが、笑って見守る中で指導する方法はあった筈だ。

「俺は偉い」「俺はお前たちとは違う」・・・などいう気持ちの持ち方が横綱
だっただけに波紋につながったのだろう。

他人(ひと)のふり見て我が身を直すという言葉が日本にはあります。
横綱がもっと大人の対応をしていたらこの問題(じけん)は起きなかったとし
たらどうだろう!!

私は白鵬にあえて苦言を呈している訳で、一番好きな力士には違いない。
あまりにも偉大すぎて師匠でさえ指導できなかったとしたらそれぞれに言語
道断だ。

表面上は自分の問題でないようなそぶりが見えるだけでも男らしくない。
「私が悪かった」と言ったら本当の大横綱と言えるのだ。

九州場所の千秋楽で優勝し、土俵下でのインタビューやあの万歳三唱を
ライブでおかしいと思ったのは私だけではなかったはず。

つまり、調子に乗っていると言ってもいい場面だった。
解説者の北の富士さんもリアルタイムで白鵬の発言と万歳を皮肉った。
白鵬が偉いわけじゃない! 白鵬が自ら「力士を代表して」と言うなら、力
士の頂点としてもっと謙虚になれ!!  そう言いたい。

歴代の、相撲界の、いや日本の伝統を大事に思うのなら横綱白鵬こそ堂
々と謝って一から出直すべきだと思う。

巡業風景がテレビで流れていた時に、一フアンがワゴン車に乗る白鵬に
「貴乃花と仲良くしてね」の声が飛んだ。

ムッとする顔が全国に流れていることを本人は知らないだろうが、そのひ
とコマを見ても「なるほど・・・」と思うのは私だけではない筈。

いつ復帰できるか分からない貴の岩も自業自得だったことは謙虚に受け
止めるべきだと思う。

白鵬も、そこに居た各力士も命がけで稽古を積んできた割にはまだまだ
人間が甘い。





 江戸情緒は大切に

羽子板1

浅草寺恒例の歳の市が本日で無事幕を降ろしました。
今年は例年になく強い寒波に見舞われとても厳しい寒さでしたが、なんのなんの寒さはまだまだこれか
らの様ですね。

酉の市は汗が出るほどだったのに・・・

浅草寺のすぐそばに住んでいて殆ど毎日観光客の動向は分かるのですが、これほどの外国人がここま
で押し寄せる昨今に改めて驚いてしまいます。
でも、ほおずき市やこうした羽子板市のような江戸情緒いっぱいな期間に訪れた人はラッキーです。

羽子板3

まるで日本人形のような顔立ちの美人さん(売り子)の周りにはカメラマンがいっぱい・・・ !!
これもまた江戸情緒満載の光景でしょう
今日から上野動物園でシャンシャン(香香)が初公開ということでテレビはこの話題で持ち切り。

大体1年を通し各局のニュースと言えば「事故」や「事件」「不倫ニュース」等々暗いニュースが多い中、
明るいニュースはいいですね。
こうした浅草の光景などももっともっと扱ってくれたらと願っていますよ


羽子板2

羽子板4

さあ! いよいよクラスマスを迎えたらまもなく平成も30年を迎えることになります。

立てた1年の計はどこまで近づいたか・・・と顧みることをしないで新年を迎える人の方が多いみたいで
すが、私もやっぱり夢中で1年間歩いて来ました。

頑張っていたら良いことがあるって、まるで子供だましのようなことばですが、今年は今までにない素晴
らしいことに出会えやはり一生懸命やるって素晴らしいことなんだ・・・と改めて痛感の1年でした。

波島陽子を支えることで私の行動を決めるのですが、考えてみたら波島は浅草で日本舞踊を教え始め
て10年。  まだ1回もお稽古を休んだことがないというとてつもない精神力。
プロの気概をまざまざと見せつけられた気もします。
これらすなわちいつでもどんなときでも心構えの違いなんだろうな・・・と思えてなりません。

こうした伝統文化が生かされる舞台浅草にあって、日本人の心を大切にできる伝統芸の指導者がここに
いると思えるだけで頑張れるから不思議です。

昨日テレビで「泣き虫舞妓さん」というドキュメントを観ることが出来ました。

京都の厳しい芸の世界に飛び込んだ15~6歳の女の子の修行を追ったものですが、学ぶべきことの多
かったこと。
厳しい世界に飛び込んだのは本人です。 若くても、自覚があるだけそれぞれが大成していく!!
それでも絶やさなかった笑顔。 おかあさんの教え方の素晴らしさ。 信念と根性物語。
決して昔の話ではありません。 それだけにとても参考になりました。

京都もきっとそうでしょうが、伝統や文化と言えば浅草もほおずき市や今回のような羽子板市等、これぞ
日本の文化といえるものがまだまだ残っています。

ご存知のように、まもなく平成も終わり新しい元号が誕生しますが、時代がどんなに変わっても、日本が
誇れる「日本の心」だけはずっとずっと大切にしなければ・・・
こうした行事に触れるたびにそう思えてなりません。

波島教室もさすが日本舞踊を習いたい・・・と思って来るだけにそれでも教室では素晴らしい心に触れることが出
来ますが、でも若者はやはり平成っ子です。

どこまで出来るか分かりませんが、これら若い平成っ子をしっかりと日本の心を持てる人間にしたいな
って思いながら日々悪戦苦闘です。
それでも、教室には素晴らしい人生の先輩が居て波島も助けられているところです。

夢があるとすれば、日本の心を表現できるそれ等が学べる教室に出来たらどんなにか素晴らしいだろう。

外国人観光客の受け入れももう11年が過ぎようとしています。
特に昨今は非常に多くの人が教室を訪れ問答を交わす時間もあるので、コツコツですが世界に発信する
ことも出来る環境が整ったことを宝物にして歩を進めたいなと思いますね。

浅草だから出来ること。 波島陽子だから出来ること。
来年もまた、今まで以上に楽しみながら歩けたらな・・・と思っているところです。








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時代劇の面白さ

泉岳寺

 時は将軍「徳川綱吉」の頃、つまり元禄14年12月14日はあまりにも有名な
赤穂浪士討ち入りの日。
 環境がそうだったのか、私の12月はクリスマスよりこの「忠臣蔵」のエピソ
ードをより学んだ月でもありました。父親が東映映画封切館の支配人を兼務していたこともあって、東映映画で本当によく学びました。

 勿論泉岳寺は知っていましたが、実際に訪れたのは14年ほど前。 東京に住
むようになってとくに浅草から銀座線で1本ですからね。
 今年は例年にない寒さで吐く息も白く余計身につまされる感を抱きながらこの
寺(泉岳寺)を訪れました。  東映映画と言いましたが、東映には花形役者が
多く「オールスター総出演」となるとその醍醐味は格別なものがありました。
 「知られざる四十七士」なるドキュメントを観ると、今更ながら江戸の民衆の
反響が大きかったことに驚かされます。 主君浅野内匠頭の処置に頭を悩ませた
将軍綱吉。 当時から「喧嘩両成敗」があったことを示す四十七士へのお裁き。
 知れば知るほど奥の深い出来事だったんですね。 面白くなければお客が来な
いことから描いた大石内蔵助のご乱行など、「なるほど」の世界です。 しかし、
現実は浪費するどころか「粥」をすすってその日を過ごしたというすさまじいも
のだったようです。 となると、討ち入りまでの信念というものは想像もつかない
厳しい生活をしながらその日(討ち入り)を待ったことになりますね。
 「お軽勘平」「矢頭右衛門七」「「神崎与五郎」「大石主税」等々どの義士をとっ
てもそこには涙の物語が隠されていましたね。
 討ち入り後、足軽であった「寺坂吉衛門」を蔵之介の命で使いに出したことで
今日まで詳細に渡って語り継がれたということになるのですが、その采配も見事
としか言いようがありません。
 上杉家が仕返しに来ないかと義士46名も毛利・細川・水野・松平家に分散さ
せましたがここでも多くの扱いの違い(ドラマ)がありました。

 舞台に、映画にと昭和の年末から新年に向けてはこの作品を上映すれば当たる
ことが保証されていたくらいです。 つまり面白かったチャンバラ映画ですね。
知れば知るほど壮絶でしかも日本人が最も好む美談の典型だった訳です。

折に触れ私は役者を目指す若者に非常に厳しい目でその経過を見守っていますが、時代には逆らえないのか本当に難しい時代に入りました。
 それは、本来の日本の伝統や文化から外れた「日本人らしさ」を欠いた役者しか見なくなったからです。 それを、役者を目指す若者に問うことすらできなくなって
しまっているようでなりません。

 つい最近、女子大生がスマホを観ながらもうひとつの手に飲物を持ちイヤホーンで自転車に乗って事故が起きました。 77歳の女性と衝突をし、転んだ女性は2日後に亡くなったそうです。
 私も、こうした光景を見るのはしょっちゅうです。 見ない方が少ないと言った方が正しいでしょう。 私は以前、便利さが人間を破壊すると言ったことがありました。 この便利さには常識すら奪っています。 それを聞いたり正そうとすると、「どうして!?」・・・と返って来ます。  電車に乗っても8割強がスマホを覗いています。  これで社会がおかしくならない訳がありません。 77歳の女性にはとても気の毒ですが起きて当たり前の事故でしかありません。
誰かを殺害(事故)して初めて気づく!? 遅いですね。そんなことは初めから分かり切っていないんでしょうか!? 人が死んでから法律化される!!??
 でも、少しだけみなさんはきっと日本人のいや日本の素晴らしさは知っているはずです。いやそう思いたいです。

 つまり、日本の文化伝統に触れながらと言っても、着物に着せられていることが分からないのです。 台詞(ことば)を発しても何一つ味がありません。
おそらく、そう遠くない2年か3年後には「時代劇」は消えてしまうと言っても過言ではない時期に来ています。
 人の心に触れる、感謝であったり謙虚であったり、真心であったりして「人としての感動」を得られるのですね。
 私は今年も約500通ほどの年賀状を投函しました。 感謝の心とか、出会いを大切に・・・というのであればもっと枚数があっても良いように思います。
今年もお歳暮を30件ほど出させて頂きましたが、感謝できる心をもっと大切にしないとな・・・とこの時期になっていつも思います。

 つまり、そうした人としての温かい心に纏うことで日本人らしいふるまいがついてくるのだと思います。 今流行りの短縮したことばでどうして美しいふるまいが備わるんでしょうね。
 役者を目指すんなら尚更のことです。 着物はとても優雅で清楚で美しいものです。 最近の大河ドラマや朝の連続テレビ小説など本当にひどいものです。
これをどうやって理解させ、そして本来の日本の美しい時代背景に合った役者を育てるかが大きな課題でしょうね。
 勉強したから時代劇の監督を出来るものでもありません。 そこには当然あってしかるべき感性やセンスのようなものが無ければいけないのです。

 韓国ドラマに『チャングム』という作品がありました。 脚本の素晴らしさもさることながら、おそらく役者や監督が素晴らしいんでしょうね。 日本も昔はそうでした。 現代のドラマは現代のドラマとしてなんの問題もありません。それが平成なんでしょうから・・・!  しかし、時代劇は日本の伝統的な文化であり伝統です。
剣を持ったらチャンバラです。 アクションではいけないのです。
 日本舞踊に関わりながらそのことが本当によく分かりました。 波島陽子は女剣劇の師淺香光代先生の下で多くを学びました。 そして、芸人の世界での厳しさも人一倍経験しました。 礼儀など言われなくても出来る女性ですが、挨拶ひとつが大切なんですね。 挨拶を「おはようございます」「ありがとうございました」と言えば挨拶と勘違いしている若者の多いこと。
 挨拶は心でするもの。つまり、演技も踊りも全て「心」の表現なのです。そこが分かればしっかりしたお芝居は出来て当然ではないでしょうか。
 若者はいろんなことを受け継いでこその伝統です。 今は今で正しいことは多くあります。 しかし、時代劇は別です。

 一生懸命学ぼうとする若者も勿論います。 その若者を育てるのが師の責務です。
しっかりとした強い信念をもって指導する必要があります。

 ただ、今の子は「甘えの構造」がずれていて知りもしないのに自己主張しがちです。自分を持つことは尊いのですが、伝統芸はそこが違います。
 
 この有名な忠臣蔵での画面の中でしっかりした「台詞」の言える役者を育てたい。
時代劇の面白さは、正しい日本の心がそこにあって初めて表現できる妙味なような気がしてなりません。
四十七士の墓の前で強くそう思いました。

素晴らしい演技で応えてこそ供養に思えてならないからです。  
こんな話を綴っていると山鹿流の陣太鼓が聞こえてくるようです。

表現方法の極意

DSC_1449 (1)

 浅草雷門のお稽古場に通う生徒さんに「表現方法」を教えることが度々あります。
特に新舞踊を踊る場合はこの表現が非常に大切になります。
 波島陽子が舞台女優だっただけにお稽古していれば参考になるはずですがこればかりはやはり感性やセンスの問題なんですね。
 NHKの大河ドラマや朝の連続テレビ小説を観てもその差が実に如実です。昨今の作品は人気者を配し視聴率優先でのキャスティングは否めませんが、本物志向の私にとってはなんとも我慢ができないでいるところです。

 いつになるか分りませんが、波島教室で学ぶ生徒さん。 特に役者になりたいとする若者にはそこを意識し徹底的に鍛えています。
もし、この本物志向が通らないとしたら日本の伝統や文化は本当に近い将来廃れていくに違いないからです。

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 波島教室には、世界各国から日本舞踊の体験で多くの観光客のみなさんがやって来ます。 決まって口々に「美しい美しい」を連発。
 つい先日は「今回の日本ツアーの中で一番最高だった」と称賛され主催者側の波島は満面の笑顔でした。
これはおもてなしから来るお客様の実感なんだと確信しています。 昨今の観光地の各場所で、多くの観光客を前にこのチャンスを逃すまいと懸命になって商売をする姿を見ることが多いですね残念ながら。 これを決しておもてなしとは言わないと断言します。
 
 私が自信を持って言えるとすれば、まさに日本の伝統は心であろう。心があるから親切は伝わる。心があるから感動を与えるというところです。
役者は演者とも言いますが演じてはいけないのだと思います。矛盾していますが、これは決して難しいことではない筈です。 心のままに、まさに自然体で動くことで相手に感動は伝わる。
日本の素晴らしさを聞くと、外国のみなさんはこぞって日本人は親切と言います。そして日本は町が綺麗とも言います。 料理に至っては舌鼓を打ちながらその料理に感動してくれます。 ここが世界に誇れる日本の文化なのです。

 浅草では昨今「着物体験」といって多くの外国人がゆかたを体験し笑顔でカメラに収まる姿を多く目にします。 でも、そこに一抹の淋しさを見るのは私だけではない筈です。 本当に日本のことを語れる者があの姿を見たら残念に思うに違いない。
 ここまで多くの観光客に「商売」が先で対処していたとしたら、必ず近い将来日本の観光もおかしくなってしまうに違いないとその懸念を避けられないでいます。
 
 本物は笑顔となって還ってきます。私たちが多くの外国人に接していていつも思うことです。 お客様の顔を見ながら体験プログラムを進めていて、その都度工夫を凝らし瞬時に内容を変えるのはそこにあるのです。
 日本舞踊を見せたら喜ぶ・・・!! 違います。 興味があってしかも感動を添えられない内容は無に等しいんですね。それだけにお客様の言葉に一喜一憂するわけです。
 つまり、日本の若者に伝えたいのがそこにあるのです。 着物を着せたらそれで体験なのではありません。 歩き方、ポーズの取り方はそのまま写真に記録(きねん)となって残ります。 私たちは着物体験者を一人で送り出すことは決してありません。 着物は歩きなれない外国のみなさんには必ず途中で着崩れします。どこで写真を撮ったら良いかを知っている私たちが同行するのが一番大切です。
 
「優しい心、想いやる心、敬う心、感謝できる心、そうした人としての優しさに羽織らせたいのがお着物だと言います。波島の日本舞踊が美しいのはその心にあると言って過言ではありません。日本舞踊は心で舞ってこその伝統芸だからです。波島が作品を創るとき、生徒さんに教えるときのこだわりです」
つまり、美しさは外見でないことが分かりますね。 

DSC_1864.jpg

 写真に収まるときに表現できないのは、心の作り方が間違っているだけなんです。人はそれぞれ個性があって素晴らしいのです。

 特に役者やタレント希望者は憧れがとても強いことに驚きます。 人気女優に憧れることは間違ってはいません。 しかし、顔・形もさることながら体形や性格も人それぞれみな違います。
 写真は動きませんが、素晴らしい写真は見る人の心を動かします。 それは写真が生きているからでしょう。 「写真が生きている」、ここにこだわりたいですね。

 普段の写真を撮るとき、私は決まって「笑顔」を誘います。一般的に誰でも一番素直に作れるのが笑顔だからです。 それと、笑顔は決して他人に害を与えません。

 ただ、プロを目指す者への注文は徹底して「心の表現」を求めます。心が目に表れた時が満点なのです。 簡単のように見えますが実はこれが一番難しいようですね。
誰もが、悲しい時・嬉しい時、怒ったり泣いたりとその年齢年齢で経験して来ている訳です。 演じようとするから表現できない。
 踊りで言えば、お芝居で言えば、そこに作者の意図が必ずあります。その意図(背景)が理解できれば第一関門は通過でしょう。
役者は、それが瞬時にできてこそプロなんですね。 他人(ひと)の真似をするのではなく、自分(自分の容姿等)を知って自分の役作りで表情を完成させて欲しいと思います。
 
 映画で「水戸黄門」という作品がありました。 東映の月形龍之介の黄門様は圧巻でしたね。 東野英治郎・里見浩太郎等々歴代の黄門様がいますがまず月形龍之介の比ではありません。 まもなく14日を迎えますが、「忠臣蔵」の吉良上野介役でも月形龍之介の吉良は見事でした。
 浅野内匠頭役もそうです。東千代乃介・中村錦之助・大川橋蔵等々歴代の名俳優が演じましたがその俳優によって作品の出来は大きく左右します。
 宮本武蔵・遠山の金さん他沢山の時代劇。 私は着物を通じて語っていますのでどうしても時代劇を対象に語りますが、日本の伝統を、文化を、どうぞ正しく守り継承して欲しいと願って止みません。

 元号がまた再来年の5月から変わるそうです。私は、昭和と平成しか生きてきませんが、時代劇を通して特に江戸時代以降は誰よりも学んだ気がします。
社会情勢がそうであったからかも知れませんが、昭和30年代頃からの時代劇が一番素晴らしかったように思えます。
 そこには日本人らしい心が潜んでいたように思えてなりません。
素晴らしい時代考証が居て、素晴らしい映画監督がいたからなんでしょうが、それを演じる役者も本当に素晴らしかったと思います。
 人と人の心が希薄になって、どうして素晴らしい作品が出来るんでしょう。 感性に乏しい若者が勘違いをしてカメラの前に立つ。危険極まりないですね!

 家元波島陽子のブログにもこの自然体に触れていましたが、「素直が一番」、「自然体が一番」。 心からそう思わずにいられません。





プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
チーフ・プロデューサー
演出家

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