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 日本の心に金メダル

円陣

感動てんこ盛りの平昌オリンピックが昨日の解団式で幕を閉じましたね。

これほど歓喜に沸いたのも本当に何年ぶりだっただろうか・・・ !?  とにかく感動の連続でした。
それと同時にこれほど考えさせられ、これほど日本の素晴らしさが世界中に広まり、知れ渡ったの
も珍しい大会でしたね。  まさに選手団は日本の誇りです。

知っての通り、「このオリンピックは一体何なんだ!!?」そう思わされるほど政治色の強い開会式
で始まったからです。
他国を批判しようとは思いませんが、考えてみたら「こういうことは日本なら決してやらない」ことの
オンパレードが少なからずそう感じさせたんだと思います。

私が言うまでもなく、日本人選手の心は本当に天使のようだと形容してもおかしくないほどの美しさ
でした。
スピードスケートの小平選手。 ついもらい泣きしてしまいました。
この世に美しさがあるとすれば、あのシーンに勝る瞬間は無かったでしょう・・・そう言って過言では
ありません。

また、パシュートにしても、カーリングにしても、団体競技にその傾向が現れるのはこれは日本人だ
からと言って決して過言ではないでしょう。
「一緒にやろう」とか、「相手をいたわる」とか、「相手を責めない」等々の光景はおそらく日本人の持
つ独特な文化とも評される素晴らしい「伝統(こころ)」なんだと思います。

勿論このオリンピック期間中でも心無い若者が引き起こした斬新で残忍な事件もありました。
特にオリンピックで沸いている時期だけに複雑な気持ちではありましたが、それでも感動はそうした
ニュースを打ち消すほど大きいものでしたね。

他国の選手が競技中に仲間を置き去り(パシュート)にしたシーンや、競技用道具を床にたたきつけ
るといったシーン!!   これが国民性なのです。
日本人にも勿論居ますよ(泣)  これらの多くは殆どチームプレーを知らずに育った人間と言い切れ
ます。
前にも「怒る」「批判する」等で話したと思いますが、自分が思うようにいかないからと感情的になる人
の行動なのです。  要は自己中心的な典型です。
日本でも本気で叱っても、それを悪口にしか感じず反抗する若者も多くなりました。
これを愛情と感じられず「自分の悪口を言われた」と騒ぎます!!
こうした若者に決して成長が訪れることはありません。

しかし、一流を目指す者の心の持ち方の違いが今回こうした画期的な結果を生んだのだと言えるでし
ょうね。

パシュートの置き去りは韓国でしたが、選手だけを責める訳にはいかないでしょう!  勝ったときに
コーチや監督が称賛されるように、こうした事件が起きる根底にはコーチや監督、大きくは国の在り方
がそこに顔を覗かせると言ってもおかしくありません。

北朝鮮の美女軍団!?  あれを美女軍団とは言いません。
見ましたか? 日本女子のカーリングチームの笑顔。  言われて作れる笑顔ではありません。
「そだね~」が流行語大賞を取るんじゃないかと思わせるほど日本中が「そだね~」と笑顔です。
これこそが本物の美女軍団でしょう。

掲載した写真は、私ども(波島)が教育委員会から依頼されて今年で10年になる「台東区国際理解
重点教育海外派遣団」のお稽古のひとコマです。
これは中学校へ通う浅草近郊の生徒が年に1度姉妹都市デンマークへ親善大使として披露する為
の「日本舞踊」を初夏にお稽古するシーンです。

日本舞踊に「円陣」!!??   そう思われる人もいるかも知れません。
毎年毎年まずこの円陣の意味(わけ)を感じるところから指導をスタートさせます。
特にこの頃の年齢は平成が終わろうとする今でも女の子と手をつないだり、こうして肩を組むなど、
恥ずかしさが先に立つようです。
驚くことは、先生が戸惑っていることに私が戸惑いますね!!

円陣を組み、決して男性と男性、女性と女性を組ませません。
ここには大切は意味があるからです。 男女全てが入り乱れランダムな状態で組む円陣にこそ意味
があるのです。
誰かリダーを決め、「がんばろう!」と大きな声で音頭をとります。 すると肩を組んだ全員で一斉に
「笑顔で~」と腹筋に響く大きな声。
勿論同行する先生も一緒です。   初日が過ぎ、2日目より3日。日本舞踊のお稽古は5日(5H)間
ですが、最後の日は全てが自主的に見事な円陣が功を奏します。
そして、そこに生まれるのは自信に満ちた笑顔です。

スポーツでも、笑顔はリラックス効果がとても上がることは立証済み。
私はこれをこの重点教育を担当して9年やり続けて来ました。  最初の子はもう社会人になった子も
います。  昨年も町で「先生~!」と大きな声で呼びかけられました。
「覚えていますか?僕デンマークへ行った〇〇です」と。「今高校で野球部です・・・・!!」
発表会の会場打合せで浅草公会堂へ行ったときは区内中学校の吹奏楽の大会らしくロビーである生
徒に「先生!」とハイタッチが来ました。勿論素晴らしい笑顔で。

私はたった5時間しか縁のなかった生徒ですが、一生の宝物を得た気分で何かとっても得した気分を
味合わせて頂いています。

この円陣こそ日本の心と言って良いでしょう。
「心を合わせる」、口では簡単に言いますがなかなか出来るものではありません。

独りよがりで強がっている人に限って孤独です。 
だから自己主張が間違うのでしょう。  この素晴らしい日本の心はだいぶ前から評価され、日本にこ
れだけ観光客が増えたのも建造物や料理を求めての旅行ではないという証です。

日本が世界に誇れるもの。それは「日本の心」「日本人の心根」に他なりません。
何もしていません。 ほんの少し心を添えただけです。
でもそのシーンが世界中の心を掴んで離さないじゃないですか!? 素晴らしい財産ですね。

相手を思いやる精神。
日本舞踊の根源は、その心に美しいお着物を羽織らせてさらにその美を完成させようと努力し続けて
いるのです。
波島陽子が日本中の舞踊愛好家の皆さんから評価を頂いているのは少しだけその雰囲気を感じて
頂いているからなんじゃないでしょうか!?

波島に言わせれば、「まだまだ私は入賞圏内にもいません。メダル目指して頑張ります」と返って来そう
です。  この謙虚こそが日本の心だと信じて止みません。

みなさんも一度円陣を組んでみてください。 円陣って結構効果があるものですよ。
私は、今回あの平昌オリンピックの様々な光景(できごと)を見て、確信に変わりました。

強いだけではダメです・・・・ と。

心で勝負がつくことを学べた17日間でした。  日本選手団のみなさん、本当にお疲れさまでした。

そして心からの感動をありがとうございました。


 若者よ負けるな

若者たち

ご存知のように今話題のサムライ・芸者等々が外国人にとても人気を博していることは周知の
通り。

さすが東京だけあって都内だけでも「殺陣」や「忍者」を披露したいと頑張っているチームの
数は目を見張るものがあります。
若いんだから「憧れ」結構! 夢に向かうこと大いに結構!
仕事柄、このようなチームに会うことはとても多く、そのチームの力量も間近で見てきていま
す。

これはと思う若者を私も何人か面倒を見ていますが、平均して夢を実現することへの「覚悟」
の希薄さに頭を抱えることしばしばです。
全ての若者が悪い訳ではありません。 つまり、芸事というのは極めてナンボです。
ただ、かっこいい等々で将来生活は出来ないから心配しているのです。

昔から、役者貧乏ということが言われています。 昨日亡くなった大杉蓮という役者も下積み
からたたき上げた本当の苦労人です。
最近はアイドル的な風潮に憧れが相まって芸能人になることの勘違いが実に多いように思う。

私は、芸事が大好きで中学の頃からその傾向は大いにありました。
小学校の頃から父親が親戚の映画館(東映封切館)の支配人を頼まれた関係で時代劇映
画は本当によく観ました。
そうした影響もあって時代劇の感性が自然と身に着いたんでしょう。

どこの会社に勤めても、芸事に関する何かの発起人であったことを考えれば全てうなづけま
す。
高校時代、悪仲間と新婚の先生からステレオを借り、校内でレコードコンサートを計画したり
等先生も驚くほどの実践派だったんじゃないだろうか!?(笑)

結婚式の司会を280回近くやったこと、成人式の司会、各イベントの司会を本当に数えきれ
ないほど経験しました。
劇団に入っていたころ、舞台にもテレビにも出演しました。
しかし、役者になりたいと思ったことは一度もありません。 自分を知っていたからでしょうか!?

縁があって五木ひろし・森進一・堀内孝雄他超一流歌手を全国のホテルでディナーショーとして
舞台を任されました。
前にも述べたかも知れませんが、私の性格はとても可愛がられあのNHKの名司会者「高橋圭三」
さん、音楽家の「山本直純」さん等々どれだけ教えて頂き学んだか知れません。

今でも、東映の時代劇を見ない日は無いほどです。
つまり、人に教えるのに自分が知らなければ絶対に教えられません。
今のテレビや映画での時代劇はとても観られたものじゃないと言い切れるほどひどいものです。
昭和を知らないなどと片付けられるものではありません。 れっきとした日本の伝統や文化を曲げ
てしまう危険があちこちに見られる現実。

アニメが悪い訳ではありません。 現在の若者が「殺陣」と称して一生懸命なことも悪いとは思い
ません。
解釈としてそれはそれでありかも知れないからです。
ただ、ご存知のように、昨今外国からの旅行者が異常とも言えるほど増加傾向にある中、チャン
バラごっこで金儲けなどをしてはいけないと思いませんか!?

芸事というのは一朝一夕に身に着くほど甘いものではありません。
確かに、外国人は本当の日本の良さを知らないから、刀を持って袴姿だと「そうだ」と思うのかも
知れませんね。  
おそらく、文化庁あたりでもその辺に精通していないから方向性を間違えるんだと思います。

よく私が波島陽子について語りますが、波島陽子芸能生活30周年記念を公演して以来、驚くほ
どの反響を頂いているのです。

昨年から今年にかけて老舗流派の先生からお手紙やメールを頂く中に、陽子先生は日本舞踊と
新舞踊の垣根を超えた素晴らしさとか、今までこれほど美しい新舞踊を目にしたことがありません
と大絶賛を頂きます。
中には、私の弟子を陽子先生の教室に通わせたいとも。

昨今はネットで動画を観ることが容易であるため、全国から「習いたい」とやって来ます。
つまり、本物の素晴らしさだと思うんですね。  ここにはひとつの理屈も言い訳も必要ありません。
私自身も波島に接し、素晴らしい指導者だと敬服しています。

だからこそ、縁あって触れ合った若者には本物に出会い本物を会得して欲しいと懸命です。
しかし、弱虫の多い若者に頭を抱えるのは時代なんだろうか!?と嘆くばかり・・・!

現在、感動を与えてくれている平昌オリンピックを見なさい・・・と言いたい。
彼ら、彼女等がどれだけの厳しい訓練(稽古)に耐え頑張ったか!?
人が感動するとは、やはり演ずるものの姿勢の結果なんじゃないかと強く言いたい。

やりたい・・・・と思う夢を持った若者は応援してあげたい。 しかし、自分に負けるようではやる以
前の話しだと思う。
褒めればつけあがり怒ればふくれる!! と昔の人はうまいことを言いましたね。
怒られて「ありがとうございます」と言える度量の無い者は決してこのような芸事に従事してはなり
ません。
周りが大きな迷惑を被るからです。

好きなことをやりたいとする心は大切であり、決して間違っていません。
特にリーダー的な役割を担う人物(主宰者)は、チームのメンバーの将来に責任を持つくらいな覚
悟のない者は決してリーダーになってはいけません。

好き(やりたい)ということと、やれることは別だからです。
私は1日に最低1本は時代劇を観ています。 つまり、本物を知らなければ指導は出来ないから
です。

夢を実現させてあげたい。
でも、見極めもとても大切ですね。
浅草公会堂の舞台(発表会)があまりも素晴らしかったと称賛されますが、それは生徒さんが素
直だったからです。
私たちはどうしたら美しいかを知っています。従って自分たちの舞台だからと必死で指導を施しま
した。
「自分は出来る」と思う人より素直で謙虚な生徒が伸びるのはそこです。

つまり、自分たちで夢を実現したいとするなら、まず「自分を知る」ことが一番大切でしょう。
その上で「感性」や「センス」磨きに邁進して欲しい。

波島陽子日本舞踊教室は本当にそうしたことを教えているんだと言い切れますね。
だから、雰囲気や舞台に触れただけで「通わせたい」「習いたい」になるんだと思います。

もし、役割があるとすれば、そうしたことを踏まえて若者の夢の実現に努力したいと思うところです。
嬉しいことは、生徒さんに波島陽子より先輩の方が15人ほどおりますが、みなさん揃って若者の
良き先輩でいてくれることです。

若者よ、自分が自分がではなく、そうした周りの皆さんも大切にし感謝の心を持って謙虚さを失わ
ず頑張ってもらいたいと思う。
平昌オリンピックの昨日の女子パシュート。 ご覧になりましたか!?
あれが日本です。 あの強敵オランダに競り勝った姿は生涯忘れないでしょう!?

つまり、やれば出来るんです。

本物を目指し勇気をもって夢に向かって頑張って欲しい。
特に日本の伝統や文化を伝えていきたいのなら尚更でしょう。

やればできます。 出来ないのはやらないからだと言い聞かせる勇気をもって歩いてくださいよ。



 自分磨きで金メダル

青春時代

これは千駄ヶ谷の国立競技場の写真ですが、「石原裕次郎ありがとうイベント」に参加した
ときの1枚です。

日本の大スター! 不出世の国民的英雄にふさわしい1日であったことが今でも懐かしくよ
みがえって来ます。
勿論今ではこの姿を見ることが出来ませんが、良い記念に収めたものだと我ながら感心し
ています。

現在、平昌で冬のオリンピックが行われていますが、若者の躍動感というものは理屈を超
えて素晴らしいものですね。
努力したから報われるとは限らない! しかし、努力無しでは決して報われることのないの
がスポーツと言って過言ではないでしょう。  即結果が現れる厳しい競技ですね。
期待されていた選手が次々に転倒し、また結果が出ない・・・!
あれだけ練習を重ねても尚です。

波島陽子日本舞踊教室へは最近特に「役者志望」の若者が多く集まって来ています。

勿論、生徒の殆どが「趣味」で楽しみながら通って来ている。 これはなんの問題もありま
せん。
しかし、役者(俳優)になりたいとする若者をみて私の方が常に危機感を抱いて接している
のが今日この頃です。

やるのは当然本人ですから、本人が行動しなければ何も始まらないのは当たり前。
これらの若者には3パターンあるのが最近はっきりわかりました。

① 役者になるために真摯に努力を続ける者。
   必要性が妥協を許さないことを知り、厳しい姿勢で臨む者と言ったら正解でしょうか。
   これに属する人は「時間を作る」ことを知っています。
   総じて言えば、とにかく実践(稽古)に余念がありません。 
   嬉しいことにこれらの者は自分の力量をしっかり把握しています。
   だから、基本を学ぶ姿勢が違うんですね。

② 自分が役者になれると勘違いしている者。
   この殆どが憧れです。 何かに憧れるということは素晴らしいことで、憧れが悪い訳
   ではありません。
   これは歌の世界でも同じことが言えますね。 というか芸事は全て関係すると言って
   良いでしょう。
   つまり、最初は勘違いでも憧れでも良いのですが「自分を知る」機会を得ることが大
   切です。
   この②という枠から大成する者はいくらでもいます。 自分を知り、徹底して感性を
   磨き上げ、芸のセンスを身に着けるための努力をすることが重要。

③ 3ツ目のパターンは信念なくして漠然とした夢ばかり追う者。
   この類はまず人の言うことを聞きません。 自分のやっていることが正しいと思い込
   んでいるから一番始末が悪いですね。

先に挙げた裕次郎のように、持って生まれた華のある人。 
主役を張れるってそういうことです。   しかし、ご存知ように主役だけで作品(舞台・
映画等)は決して成り立ちません。
おばあちゃんが居たり、青年会長が居たり、労務者が居たり上司が居たり等々当然のこ
とながらそれらの配役はこの世の中の通りです。
そこに、同じ母親役でもいろんなイメージの母親像がないとドラマは絶対に成り立ちませ
ん。

よく、映画でも舞台でも成功の秘訣はと問われたとき、「キャスティング」と「脚本」ですと
言われますがまったくその通りなんですね。
昨今の朝ドラ等でも、目を覆いたくなるようなとんでもないキャスティングが施されている
場合がよくあります。
なんでこのタレントが選ばれたの!?不可解さはそのまま不人気が証明してくれています。
アイドルや人気タレントを使うのはプロダクションの力だったり、制作側があまりにも視聴率
優先のキャスティングなんだなは手に取るように分かります。

オリンピックは実力の世界だから、問答無用まったくそうしたことは通じませんね。

つまり、勘違いの練習(修行)くらいで陽の目を見るなどあり得ないことです。

たまに、端役でもテレビに出たというだけで勘違いし得意満面となる若者を目にすることが
あります。 これが一番怖いことです。

芝居をさせると「センス」や「感性」はすぐ分かります。

最近はこれだけ海外からの観光客が増えていますから、日本の伝統や文化に触れた企
画でインバウンド関係の仕事に従事している団体や企業がとても増えたように思います。

着物を着て扇子を持てば日本舞踊ではありません。
刀を持って振り回せば侍や忍者ではありません。 だから、そこに集まる演じ手が勘違い
するのです。
間違ったものを見せて、それが日本の文化であり伝統だと言ったらいつかこれらは必ず
廃れます。

特に日本の伝統芸はおくゆかしさや深みがあるものなんです。
これらは決して短時間でなど身に着くほど甘いものではありません。

私が何故役者志望者に日本舞踊を勧めるのかがそこにあるのです。
つまり、日本の伝統芸は「着物」を外して語れないということです。若者が全てダメだと
言っているのではなく、我々先輩がそうした事柄に信念をもって指導しなければならな
い使命があると言う事。

何でも簡単に手に入る世の中ですが、これらの伝統に纏わるものはあのスポーツ選手
のように、様々なことを犠牲にしてでも頂点を極めたいとする情熱と実行力(練習)が無
ければ本物とは言えないと同じです。
昨日の女子1500mのスピードスケートの高木美帆のあの走行フォームを見て分かりま
すね。
自分を信じ、コーチを信じ、大きな目標に向かっての過酷な努力の結晶がこれだけ日本
中を沸かせたことひとつとっても理屈でないことが分かります。

最近の若者は確かに「夢」を語ります。
でも、語った内容に決して責任を持たないのも昨今の風潮のように見えて悲しくなります
ね。

「言い訳をする人に限って行動しない」とよく言われたものです。 悲しいかな本当だと思
いますね。
応援してくださった人の為にもと涙する選手。

この世の中で、自分でできる範囲など本当に限られています。
甘い言葉で接すれば良い人で、厳しいアドバイスをする者は敬遠されがち!!! 
泣きたくなりますね。

この会場(国立競技場)には入りきれないほどの裕次郎フアンが集まりました。
そして、口々に「ありがとう」が響き渡ったのです。  私の青春時代も理屈抜きで良い
時代で良かったと思っています。
主宰者側は裕次郎を愛したフアンに「ありがとう」のこうしたイベントを競技場を借り切っ
て開催した訳です。  つまり、感謝がもたらしたビッグイベントでした。

立てた目標に、きっと誰かが応援してくれるんだと思います本気ならね!。
この本気に自身嘘をつかず、最後までやり抜いて欲しい。

その精神力と実践する姿に周りは感動を得るのです。

よく、時間が無いという言葉を耳にしますが、それは殆ど「嘘」です。
何故なら、自分がやりたいことには必ず時間を作っているからです。

この平昌オリンピックを観戦しながら、芸事の指導者として責任のもてる指導法を学
びたいと思い今回敢えて綴ってみました。
日本舞踊教室の個人的な発展が目標ではなく、素晴らしい日本の伝統文化の後継
者を育てるためにどんな苦難とも堂々と戦い抜いて素晴らしい若者を世に送り出した
いと心から願って止みません。
正直、私はこのことで波島陽子と語り合ったことはありません。
しかし、語らずとも家元の気持ちが分かることは実に幸せなことだと思います。 将来
に向け、やりたいことが一致しているってやりがいがありますね。

自分に嘘をつかない若者でないと決して大成しない。しかし、中学くらいならいざ知ら
ず、それ以上の若者には「夢があるんなら自分に負けるな」・・・と叱咤激励したいの
も事実。

ゴールを切ったとき、感動のあまりコーチと選手、或いは選手同士が涙で抱き合う姿。
スポーツ選手でないと分からないのだろうか!?

自分磨きをしている若者たちよ。 感動を得るほどの努力があれば芸も金メダルですよ。



  テレサテンの心

テレサテン

波島陽子を語るとき、何に例えたら一番分かりやすいだろうか・・・と事あるごとに考える。

ある日、ふと懐かしい「テレサテン」の歌声に耳が止まりました。
釘付けされたようにその画面を見入る自分の心に、「これだ!」 ・・・と確信。

波乱万丈と形容されるように彼女テレサテンはなんと42歳という若さでこの世を去りましたね。

「空港」という楽曲が出たときは日本中に衝撃を与えたそうです。
中国人の両親を持ち台湾で育った歌姫の人生。

それは何にもまして不思議な魅力でいっぱいな歌唱力にあったようです。
人気者になったが故にまだ国際的に認められていなかった台湾のパスポート事件で彼女の人生
が大きく変わった様子を描きながらある特別番組で2時間もテレサテンの歌を耳にしました。

美空ひばりに憧れた天性の歌姫はどんどんその頭角を表すことになりますが、どの歌にも表現の
しようのない魅力でいっぱいでした。
ご存知の文化大革命を経て大きく変わった彼女の人生。

しかし、それは彼女の持つ歌の魅力によって東南アジアや日本にその衝撃を与えた訳です。
台湾の歌、中国の歌、インドネシアの民謡。 どれもこれも彼女の歌唱力で全ての人々がとりこに
なってしまうのが手に取るようにわかります。

非難を覚悟の日本再上陸を待っていたのがくしくも「つぐない」という楽曲でした。
三木たかし・荒木とよひさコンビ(作詞・作曲)に出会うのも運命でした。
パスポート事件から切り離せない日本上陸にこの「つぐない」は大ヒット!!

そして第二弾の「愛人」で初のNHK紅白歌合戦に初出場。
何がすごかったんでしょう!! しかし、このドキュメントを観て分かりました。

彼女の歌唱には日本人が最も大切にしている郷愁があるんですね。 歌謡曲でいて西洋風な雰
囲気を醸し出すまさに天性な歌姫。
観客(ひと)の心に伝わるってどれほど大切なことなのか! テレサの歌声で分かります。
役者のたまごと接していて痛いほどそれが分かりますが難しい。
伝えられる力の凄さが何にも増して大切であることを・・・改めて学びました。

再上陸3部作の3曲目。 これが「時の流れに身をまかせ」だったのです。

10歳で香港に渡ってからその才能を発揮した訳ですが、生涯、「どの国に住んでも私はガイジン
なんです・・・」と言ったひとことが印象的でした。

天性と言っても彼女の生き方で分かるようにテレサテンの人柄がそこにあっての歌声だった訳です。
洋楽を聴いているようで歌謡曲と言えるようにそれぞれの作品全てがとても上品でした。
澄んだ響きとでも言ったら良いでしょうか!? 二度と現れないと言って過言でない天才でした。

谷村新司の「昴」や千昌夫の「北国の春」等々が東南アジアで流行りましたが、実はこれら全て
テレサテンがカバーして歌ったからに他ならないんですね。
それほど多くの国民に与えた影響が凄かったということでしょう。

晩年に、といっても40代前半ですが、「星願」という詩を残していました。

過去を思い出すと
    耐え難く辛い
       世の中の行く末を見返す事は難しい
悩みと詩に著そうと考え込まず
   身近かかろうと 長かろうと
   全ては幼き日に
     抱いた望みのため

私の一生は 雨に打たれるまま
浮き沈みする  浮き草のよう

この世の果てに
  私を理解してくれる人がいるのだろうか

ただ、悲しいのは  歌や舞も
  美しい雲のように 消えていってしまうこと



そう綴っていました。

人の心を掴んで離さない。 歌を聴けばそれがよく分かります。
波乱万丈であったが故の「詩」であり目を通すと涙腺が緩みます。


インド

インドネシアと言えば、波島陽子も東南アジア各国を訪れて多くの舞台を踏みました。

写真はインド(グジャラート)公演のひとコマですが、世界各国から集まったどの国の伝統芸能にも
負けず評判だった舞台でした。

元々は舞台女優としての活動でしたが、舞台に上がれば上がるほど、「日本舞踊」の重要性が分
かり一から古典を勉強して来ました。

しかし、古典を学んだ人はきっと相当数居ると思います。
テレサテンのように、波島の今は「新舞踊」を中心に多くに舞踊愛好家の皆さんにその指導を施し
て来ました。
新舞踊とは、分かりやすく言えば「演歌」であり「歌謡曲」です。
現在、日本各地でこの新舞踊はとても流行っているのは周知の通りですが、そこが波島と違うと
ころです。

歌姫テレサテンを洋楽を聴いているような美しくも不思議な魅力と評価されていますが、まさにこの
郷愁を誘い洋楽を聴いているようなと同じように、波島陽子の作品にはどこか上品で新舞踊なのに
古典や日本舞踊を観ているような美しさに出会います。

心を打たれる最大な原因は、テレサに似てなんとも純粋な人柄があってのことのように思えてなり
ません。
つまり、どんな御託を並べても観る人、聴く人の心を揺さぶるものが無いと、つまり「伝える力」が
ないと成立しない事柄なんですね。

2時間というテレサの特番は私にとって確信に変わる大切な映像(ばんぐみ)でした。

一昨年の浅草公会堂の舞台(燦陽譜)が大きな反響を与えたのは理屈のない事実でした。
純粋に、長いこと古典の先生だった全国各地の日本舞踊老舗の各流派のお師匠さんが、その流派
を超えて評価大絶賛くださるんですから本物でしょう。

勿論、波島の心は誰よりも謙虚で控えめですから自慢などとんでもないことです。
常に、「私より上手い人がいっぱい。 もっともっと古典を教えて頂かないと・・・」 と低姿勢。
そうした姿勢が踊りに現れている。 これこそが人柄でしょうか!?

テレサテンの歌声から分かるテレサテンとの共通点。
これを先日の特番で目に出来たことも大きな収穫でした。

何十曲と聴きながら、「これってなんだろう・・・・」は波島の踊りそのものが、テレサテンの歌唱力に
とっても似ている驚きから今日ここでしたためました。

これは日本舞踊界にとっての財産ですね。

こうした領域等々を知らずに毎日お稽古している波島教室の生徒さん(笑)
もっと自信をもって自分磨きに日々打ち込んでもらいたいなって思うところです。

歌謡曲(演歌)の素晴らしさは「日本の心」の表現に他なりません。
新舞踊(日舞)の素晴らしさも「日本の心」そのものなんですね。

豊かな感性を育み、その人なりのセンス(こころ)をもって日々お稽古に打ち込んで頂けたらと思わず
には居られません。

波島の踊り(動画)は波島陽子のホームページで閲覧可能です。
何かの機会、つまりYouTubu等で是非テレサテンの歌声も聴いてみてください。

そこから感じる歌声は波島の踊りにとってもよく似ています。 いや、波島の踊りがテレサテンの歌声
にとってもよく似ているのかな!?

波島を語るとき、「テレサテン」のようにと形容できる事柄を見つけられてとっても幸せです。

心ほど大切なものはないものね。

 節分に思いを馳せて

恵方巻

特に近年はこの「恵方巻」に出会いますね!

節分は五節句の中には加えられておりませんが、昔から豆まきには多くの思い出があります。

バレンタインのチョコレートにしてもこれら全てある企業が売り上げ向上の策に採り入れたもの
が定着してしまったものです。
まして、恵方巻を食べるときはどこどこの方角に向かい等々の御託が並んでいるのです。
それをさもさもらしく信じ、真似て食する光景も滑稽です。

しかし、健康や安全・幸福になれるというフレーズは信じたくなるのも日本人らしいところ。
その節分がまもなくやって来ます。

日本全国様々な寺院の境内で有名なタレントを動員してまで行う「節分の儀式」

節分1

浅草はもう恒例になっている浅草芸人がこぞって集まるのもこの節分の豆まき行事。

ところで、よく聞かれる「五節句」ですが、知っての通り
① 1月7日
   「人日(じんじつ)の節句」からこの行事が始まります。 分かりやすく言えば「七草の節句」
    がこれです。
    一年の豊作と無病息災を願って
② 3月3日 
   「上巳(じょうし)の節句」
     桃の節句ですね 
③ 5月5日
   「端午の節句」 男の子の誕生と成長を祝い、菖蒲の節句とも言われています。
④ 7月7日
   「七夕(しちせつ)の節句」
   笹の節句とも言われ、短冊に願いをこめて書き記したものを笹につるすと願いが叶う。
⑤ 9月9日
  「重陽(ちょうよう)の節句」 暘と書くのでしょうか!?
   菊の節句 菊の鑑賞を・・・がこれに当たります

確かこれらを「五節句」として日本独特の行事に使われてきていますね。

節分2

それぞれの節句には全て願い事が託されていることが分かります。

「五穀豊穣鬼は外! 福は内」   最近の子供たちは忙しい両親や家の構造上の問題もあって
家の中ではまかないなんて家庭も・・・!

先日タクシーに乗ったらたまたま秋田出身のご年配の運転手さんが思い切りこぼしていました。

秋田には「竿灯(かんとう)」というお祭りと「なまはげ」なる行事があることはご存知かと思います。

「悪い子は居ねえか・・・・」と入って来るなまはげ
ところがなんと、なまはげは家を汚すから来て欲しくない!
子供が怖がるから遠慮したい・・・と言う家族が続出していると言うのです!!

歴史も、文化もあったものじゃないですね。

私は地域振興事業に数十年関わってきて確信を持つ一人なのですが、地域の発展の第一の要素
は「お祭り」なんです。
都会に出た若者や生まれ故郷への帰省者の喜びは「祭り」なんだと言い切れます。

故郷の人たちはこれら伝統や文化をどうにかして守りたいと一生懸命です。
町や村、つまり我が故郷が廃れる要因はそうした故郷愛に欠ける若者が多くなったからに他なりま
せん。
希薄な協力意識、や一体感の欠如が原因で日本全国の伝統がいずれ消え失せてしまいそう。

自分の子供だけは健康ですくすく育って欲しい!
勿論全てではないでしょう。 しかし、祭りは一緒に神輿を担ぐことで力がみなぎってくるのです。

なまはげに、「うちには来ないで欲しい・・・」と言われたら、誰があのお面をかぶるでしょうか!?

健康も幸せも、町全体が、国全体が・・・の一体感あって本当の幸せ感を得ることが出来るのだと
思います。

私は仕込み(準備)側に回るのがもっぱらの役割でしたが、準備するということは並大抵なことでは
ありません。
上手くいって当たり前!! まずければぼろくそに言われるのが主宰者の悲しいところです。

人間て者は悲しいことに、成功するとまるで自分がやったかの表現をしがちです。
極端に言えば「手柄の横取り」と言ったら分かるでしょうか!!

近年で言えば、一昨年の浅草公会堂の舞台ひとつとってもそれがよくわかります。
1年も前から準備して来た波島陽子を見ていてなんと準備の大変なこと。

「私にも手伝わせてください」・・・・!  手伝いではないんですね! 仮にその舞台に出演すると
すれば、それぞれみなさんが主宰者なのです。
そういう感覚で取り組んだら必ず成功します。  なかなかそこまでの気持ちになって頂くのが難しく
叱咤激励しながら「成功の絵」を描いていきます。
成功は決して生半可になど成し得ることは出来ないから手綱を緩めない。 すると煙たがられる!!

やる気のない、つまり自己中心的な人からはとても嫌われます。
つまり、物事を楽に捉えて成功するなどあり得ないからです。

簡単に言えば、自分が主催で何かをやることを考えたら簡単です。
いかに準備が大変か、いかに後片付けが大変かは一目瞭然でしょう。

2年ほど前に波島陽子日本舞踊教室恒例の「三社祭りの会」を開催したときのことでした。
教室はほぼ雷門通りに面しており、生徒さんは祭りを見たり飲んだり食べたりで常に出たり入ったり。
「宮みこし」が来るぞ・・・・と全員が外に飛び出しました!! 

20名もの生徒さんが出て行った後でした。
何と、中国人の生徒さんが一人残って黙々とテーブルの上を片付けているじゃないですか!?

皆さんが戻る頃にはパーティーの始まりのようにテーブルの上はそれは綺麗になっていたのです。
飲みかけの缶、食べかけの物等々が全て片付けられて・・・
日本人より日本人らしいね・・・。 あとで波島と胸を熱くして感謝やら驚きだったことが今でも鮮明に
思い出されます。

やりっぱなしなら誰でもできます。
いくら汚れても良いのです。 あとでしっかり綺麗にすれば良いのだから・・・・!
これは「心の持ち方」以外ないことが分かります。

祭りはみんなで汗を流すから祭りなんですね。  これこそが一体感です。

日本全国には、素晴らしい伝統行事(祭り)がまだまだいっぱいあります。
各地で元気にまだまだ続いているのは、町民の理解と参加意識、つまり一体感があって今なお元気
で活力にあふれているんだと思う。
シャッター通りを嘆き悲しむ前に、まず自らも参加することです。

私は全国各地の観光課等と一緒に計画を練ってつくづく思います。
やる気のある人材が居たら、町は廃れはしません。 それが人間の力強さです。

町の(国)の発展はそうした活力です。
隣は何をする人ぞ・・・・では何も生まれませんね。
そうした中から生まれる絆、感謝の気持ち、そして思いやりが生まれて来てこそ地域興しです。

確かに、五節句は家庭内で行い祈ることの方が多い行事かもも知れません。

先日、白根山の火山の噴火で亡くなった自衛官は一人の女性を守るためにその女性に覆いかぶさり
自衛官が犠牲になったと聞きました。

いざというときこそ人間の本性が現れる。

来る日の恵方巻は是非食べてください。
そして、周りの人の健康を気遣ってみてください。  祈ってみてください。

花咲か爺さんのように、そうした心を持てば良いことがあると絵本を読んだじゃないですか!?
蜘蛛の糸しかり、きっとそうなんだと思います。

今年はひとつ、これら五節句をそうしたつもりで迎えてみてください。

私も改めて実践してみようと思います。



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岡部俊雄

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