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  湯沢湯乃華芸妓物語 5

美華
  美華です どうぞよろしく

まさに秋田美人ですね~!!  伺ったらなんと「ミスユニバース秋田・ファイナリスト」だったんだそうですよ。さすが・・・!

美華(YOSHIHANA)さんはこの湯乃華芸妓が発足したときからの初期メンバー。
なかかなかのムードメーカーと聞いています。 お仕事柄一番大切なことですね。お客で男性ほど面倒な客はいませんからなおさらです。


美華ー4

お名前の通り、美しく華やかで・・・。   美華さんは今年の9月に京都に行ったそうですが、なんと私はその日偶然にもテレビに映る美華さんを見つけました。
なんでわかったかというと阿部さんです。 朝テレビに京都の祇園が大変なことになっているというニュース。つまり諸外国から来る観光客が舞妓さん等の追っかけをしていて業界としても大変迷惑している・・・と言うニュース。
つまりパパラッチですよね!!

テレビ局のみなさんは秋田の美人さんとは思わずに「京都祇園の・・・・」と流していたんですよ。 それにしても我ながらこの瞬間をよく見つけたな・・・と。分かっていたら録画したのに・・・

京都の芸舞妓と言われてもなんの違和感のないのがさすがです。


美華ー1

みなさんもよくデパート等で見かける光景です。
地元の物産・観光大使的な役割としてはとても重要な務めを果たしています。 昔、私の会社のスタッフが「ミスこしひかり」になって大活躍をしたことがありましたが、こんな素敵な秋田美人登場では地元の銘酒も全て完売だったことでしょう。

そういうことなんです阿部さんの狙いは。 
地元の発展に尽くしたいとする心根を湯沢の皆さんももっともっと理解してあげてください。そして応援してあげてください。こんなにも素敵な美人さんぞろいなんですから・・・。おらが自慢の・・・ですよ。

確かに秋田のお酒は美味しい!!  今殆ど冷酒ですが、口に優しい味は女性向きでもありますしね。




美華ー3

見るからにムードメーカー的な存在のようですね。
お客様も美華さんと一緒に是非お座敷遊びに興じてください。 美華さんは正真正銘「秋田岡本新内」を継承している一人です。

お座敷芸は女性客も楽しめる実に素晴らしい文化です。 ご存知のように、湯沢は小野小町で有名な町。
こんな素晴らしい小町がいるじゃないですか!?

多くの女性のみなさんに訴えます。 自慢の文化を継承している湯沢湯乃華芸妓たち。お友達同士で是非一度お座敷に行ってみてください。美華さんたちが待っていますよ。

女性の口コミの方が大きいかも知れませんね。 故郷の宝はここに復活して4年。 こんな素敵な芸舞妓たちがお迎えしてくれます。








  湯沢湯乃華芸妓物語 4

 
藤華ー2

藤華姐さんです

「私たちには頼れる姐さんです」・・・とメンバーでは評判の一番大きい姐さんだそうです。
私はまだお会いしたことがないので是非お目にかかりたいですね。

お酒の席、つまり宴会等で昨今コンパニオンがどこに行ってもお客様のお相手をしているご時世ですが、私も以前前の会社での慰安会の席でコンパニオンが何人か来たことがありました。

ところが、社内の女性陣が大激怒!! 「 私たちが居るのにどうしてコンパニオンを呼ぶんですか・・・!?」 と(笑)。
その問いに返せない男性陣(笑) もっともだからです。
前にもお話ししたように、私はお座敷の楽しさを直純先生に教わりました。 言い換えればとても高尚な遊びです。

浅草の近くにご存知の𠮷原という遊郭があって時代劇でもおなじみですがそれは多くのドラマがありましたね。
浅草周辺にはその名残りでいっぱいえす。


隅田川

この写真に曲がりくねった道路(小道)が見えますが判りますか!?  この道は埋め立てた道で昔は小川だったんだそうです。
言問橋あたりから吉原に続く川で江戸時代にはチョキ舟に乗って山谷掘りを通り吉原へ通った川だったとか。

そして明治になり大正と続く。 有名な「隅田川」の歌詞に「都鳥さえ一羽じゃ飛ばぬ 泣いて別れた隅田川・・・」、当時の芸舞妓さんは本当に素敵だったんでしょうね!!何と言っても風情があります。

私が子供の頃に温泉が出て少しずつ小さな温泉町になりましたが、たしか芸者さんが10人ほど居たように思います。勿論当時はそれがなんたるかもわかりません。
当時、私の母はとっても起用な人で手芸関係は何でもこなす女性(ひと)でした。 中学の頃手内職はなんでもやっていました。洋裁・和裁・編み物・刺繍・組紐等々、勿論料理は何でも作りましたね。中学の同級生の女の子や若い女性が何人も編み物を習いに来ていたことを思い出します。
ですから、芸者さんのお着物は殆ど母に依頼が来ていたくらいその腕前は評判でした。
そんな関係で芸者さんはしょっちゅう私の家に入り浸り状態。 そして私が高校へ上がるころは母が芸者さんの電話番まで頼まれスケジュール管理まで引き受ける始末!!
置き屋さんというのが当時なくて、それぞれ芸者さんは自分たちで予定を入れていたんでしょうね。

今でも忘れないエピソードがあります。
時々遊びに来る芸者さんたちと母の会話の中で嫌なお客の話になったときです。「おかあさん聞いて頂戴!昨日の客ったらね、私の胸を指さしてなんだこのぺちゃぱいが・・・っていうんだよ。 だから言ってやったんだ。あんたに見せる胸なんか持ち合わせちゃいないのさ!どうせそんなことだろうと思って桐箱に入れて床の間に置いて来たんだよ・・・ってね。」(拍手)
高校1年の頃の私には衝撃的な会話でしたがその痛快さは今でも覚えています。
お姐さんってすごいな~!! それでも陰では一生懸命日舞のお稽古や三味線のお稽古を欠かしません。ですから直純先生に連れて行ってもらうようになりそれはとってもよく理解できていました。

大人になってだんだん宴席のことが理解できてくるんですが、確かに嫌な酔っ払いはいるものです。家に出入りしていたお姐さんたちは私たち兄妹をとても可愛がってくれていたので宴席でどう働いているかなど想像もつきません。

大人になってそうしたことが分かるようになると、ああお姐さんは粋だったんだな~かっこいい・・・!とまで。

お酒飲みのみなさんよ、お座敷ではおしゃれに過ごすもんですよ。
粋な遊びの出来ない人は芸妓さんなど呼んではいけません。

「都鳥さえ一羽じゃ飛ばぬ・・・・」、この都鳥ってどんな鳥なんだろう・・・と調べたことがありました。どの図鑑にも載っていません。
都鳥は隅田川の両国橋から桜橋辺りを飛んでいる鴎のことだったんですね。


花魁道中

年に一度、浅草(𠮷原界隈)ではこうして昔を懐かしんで花魁道中が行われているんですよ。
湯沢には「絵灯ろうまつり」というのがあってそこに描かれている女性は本当に素晴らしく美しいんです。波島が自慢するのよく分りますね。

大正が過ぎ、昭和となり、平成になってそうした遊びはどんどん少なくなっています。

湯沢は素晴らしい温泉町です。 だから阿部さんの決意はとってもよくわかりますね。


藤華ー1-1

面倒見といい藤華姐さんも今じゃ湯沢の看板で大活躍です。 明るくって頼りがいがあるんですよと聞きました。
阿部さんも安心でしょうね。 

お座敷遊びは粋でないといけませんね。 粋な遊びは文化です。 これを守ろうと立ち上げて4年。 男気がないととても出来ることではありません。

芸者さんは素晴らしい芸があって芸者さんです。 特に秋田の女性は人情味豊かで優しい。京都の俵屋さんで一泊したことがありましたが、芸舞妓さんは国の宝ですよ。
いろんなお座敷を見て、初めて見た湯沢のお座敷での踊り。 本当に素敵だった。 世が世なら私もチョキ舟に乗って通いたいくらいです(笑)


勢揃い1

「さあ、みんな・・・、行くわよ。」

藤華姐さんに見守れながらみなさん今日も頑張っています。

どうです、この人たちなら慰安旅行でも女性従業員は大喜びなんじゃないですか!? 日本の文化の由縁です。









  湯沢湯乃華芸妓物語 3

主宰 阿部一人(ABEKAZUTO)

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ご紹介している「湯沢湯乃華芸妓」の主宰者阿部さんです。

波島陽子も秋田(湯沢)から上京し34年になりますが、4年ほど前までは失礼ながら本当に存知あげなかったようです。
facebookが取り持つご縁だったんですね。

・・・・ということは、阿部さんが「湯乃華芸妓」を立ち上げて直ぐだったということでしょうか!?  出会いはどこでどんなつながりになるかわかりませんね。

お互いが湯沢の出身であること、さらにおたがい芸事に励んでいるということ。
もうひとつ大切なのが2人とも中途半端な人間でないという共通点。 私から観るに、これが東北秋田県人の魅力なんだと思えてなりません。

実直で真剣に物事に取り組む姿勢を知るにそう長い時間はかかりませんでした。


今回は、阿部さんと私の出会いを少しお話ししてみましょう。

平成28年10月30日、波島陽子は芸能生活30周年特別記念公演を地元浅草公会堂で開催させて頂きました。
延々7時間という舞台。 それだけ生徒さんやお弟子さんが多いということですが、この舞台には遠く九州や愛媛・金沢や名古屋、山形・宮城・岩手等々から多くの日本舞踊のお師匠さんも駆けつけて下さいました。

これは、日頃波島陽子の振付作品を愛用くださっている関係なのですが、その中になんと阿部一人さんがいらっしゃいました。


初対面

見つけましたか・・・・・!?
舞台がハネてホワイエでお客様にご挨拶してるシーンに偶然写っていました。 そうです阿部さんです。

楽屋暖簾

公会堂

この日の舞台は圧巻でした! 興奮の幕開けです。

掲示

赤いお着物の波島が当日のポスターですが、浅草は芸能の街と言われ一年中歌謡ショーや大衆演劇、そして日本舞踊と賑やかです。
新春歌舞伎もここでの開催です。

行動力があることはこの時から分かりました。 嬉しかったですね。

年月を考えたらきっと阿部さんもこの時かなり夢が膨らんだんじゃないでしょうか!?

それから2年半経ち、平成の終わりにある出来事が待っていました。

私の知人でPFI・PPP協会の社長であり理事長と浅草で食事をする機会がありました。そこにたまたま同席したのが波島陽子です。
理事長は全国の市町村の地域興しやインバウンド関係で世界各国から多くの観光客のみなさんに日本を紹介されています。私どもの日本舞踊やお着物を通しても大変お世話になっている人です。

食事が進む中当然観光の話です。
ここで湯沢出身の波島が故郷の思いを語り出したのです。「湯沢には素晴らしい七夕があるんですよ」「勿論小野小町の故郷でもあるしね・・・・」等々
「どうして湯沢のみんなはもっと積極的にあの素晴らしい絵灯ろうや温泉を上手くアピールできないんだろう・・・・!!」と。
「実はね理事長、湯沢には阿部さんという方が居て芸舞妓を育て、観光に一役買おうと頑張っているんです・・・・」

これを聞いた理事長はすぐにスマホでその実態を検索しました。 「素晴らしい!!、岡部さん早速湯沢に行きましょう・・・・」。それから10日もしないうちに私と理事長は湯沢にと飛びました。

浅草2

この写真は浅草の夏の夜、湯沢市の絵灯ろう協会が浅草寺前の通りに出現させたときの絵灯ろうです。なんと、この灯篭には「ルークス」という字が見えませんか!?つまり、湯沢で見た灯篭に感激し湯沢の七夕に間に合うようにと阿部さんを介して特別に理事長が製作依頼し完成したものなんです。いかに感動しほれ込んだかが分かると思います。

地元への愛着か波島の目頭は涙でいっぱいでした。

5月にお邪魔した百年料亭でのお座敷他様々に私も理事長も大興奮。
波島じゃないけれど、本当にこんなにも素晴らしい活動をしている人物が実際に居るんだ!!

私も理事長ももろ手を挙げて湯沢を応援しよう・・・・と決心したのがその時でした。

阿部さんはとっても気持ちが若い。 本当に少年のよういに思えるときがあります。それはしっかりと見据えた夢があるからなんだな・・・が手にとるように分かります。

この人はまさに湯沢の宝だ。 第一気持ちがオシャレです。大切なことですね。

絵ー11

私も浅草も見ました。  湯沢でも展示してある絵灯ろうをいくつか見ました。 その美しさは波島が何を訴えたいかとてもよくわかりました。
都内と違い、夏の夜の絵灯るは幻想的で綺麗でしょうね。



お座敷

波島陽子を通して思うのですが、秋田の人は温かい。 優しいというか思いやりに溢れていますね。
とは言っても何人かいる芸舞妓たちを育てるって相当な覚悟なないときっと出来ませんね。どこの職場でもそうですが、女性が多い中で目的を果たすのに一番苦労するのはどうすることもできない女性の嫉妬や性格です。

私も名古屋時代から店長や責任者を多く経験してきてよく分ります。 24歳の頃、店長として頑張っている私に父親から1通の手紙をもらったことがありました。
それは、私以外全て女性従業員であることを告げたからでした。手紙には、「女性はみんなお人形だと思いなさい。特別に心許したりすると面倒だからね!」と。つまり仕事がスムーズにいくには決して特別扱いはするなということです。
そんな中でも、毅然とした采配は正しくリーダーを決め役割分担を定めることも出来ました。

少しだけ阿部さんが違うとすれば、皆さんはみなプロを目指す芸舞妓たちだということでしょう。
全体像、その中でも看板は必要でしょうしね。

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阿部さんの想い、この一枚に集約されているように思いますね。 コンクールに出しても最高傑作です。観る人に訴える力のあるこうした1枚こそ写される方もプロです。

全国のどの芸妓連にも引けを取らない素晴らしい湯沢湯乃華芸妓に拍手喝采ですね。

地元の観光に一役買いたい。 その心根が全芸舞妓たちに伝わり5年10年とその活動が花きっとを咲かすことでしょう。

阿部さんは仕事終わりに疲れた芸妓さんたちに自ら夜食を作ってくれるそうです。 「本当は弟子の私たちがしなければいけないのに・・・」と。波島陽子にとっても良く似ています!! 時々どっちが先生でお弟子さんか分からない時がある・・・と笑ったことがあります。

その気持ちこそがすべてへのおもてなしでしょう。 実践できる阿部さんは素晴らしい。

湯沢市の為に頑張ってください。 芸舞妓たちは誇りをもって活動し続けてください。

あれ以来、私も勇気と活力を頂き頑張っています。 阿部さんとの出会いは私も今まで頑張って来たことへのご褒美を頂いたような気分でとっても幸せです。








  湯沢湯乃華芸妓物語 2

小安-1

私がこの場所を初めて知ったのはどうでしょう・・・15年ほど前だったと思います。

温泉が大好きな私は胸を膨らませて訪れたのが「小安温泉郷」でした。 当時は丁度紅葉のシーズンでそれは綺麗でした。
ここは湯沢市皆瀬というところにある温泉ですが、新潟にある「湯沢温泉」とは違います。
越後の湯沢温泉は川端康成の「雪国」で一躍有名になりましたが、そこにも駒子という芸者さんが居たんですね。
温泉に芸妓さんはつきもので、もっとも日本らしい情緒のなにものでもありません。

しかし、秋田県湯沢市には本当に沢山の温泉があります。「秋の宮温泉」、ここ「小安峡温泉」、「大湯温泉」、「泥湯温泉」、「ゆざわ温泉・湯ノ原温泉」、「横堀温泉」、「やまゆり温泉」、「須川温泉」等々。
これを機会に私も温泉天国秋田湯沢市の癒しの泉を全て制覇してみようか・・・と思っているところ。



小安-2

この景色こそ湯沢市小安峡です。

雰囲気はイギリスの妖精が棲む里にとってもよく似ています。 どこからか、可愛い妖精がひょっこり顔を出すような気がしませんか!?
ケルト民族がイギリスの各地に遺した妖精伝説を少しだけ学んだことがありますが、妖精って本当にいるんですよ!
特に心の綺麗な人には見えるそうです。

それから、湯沢の名物名産です。特に湯沢には日本酒・稲庭うどん・山菜・お米等々話しているだけでつい唾をごっくんと飲み込みそう・・・。

5月に湯沢に伺ったときに頂いたのがこの稲庭うどんでした。
勿論前から知っています。

稲庭うどん

そのときの稲庭うどんはいつもの美味しいお味。 ところが翌日のお昼に食べたのはまた格別でした。
「カレー味」なんです。 いや~美味しかった。 世の中に知らないと損という言葉がありますが、まさに知らないと損と言える美味しさでしたね。

山菜

そして大自然に囲まれた湯沢はまさに山菜の宝庫です。
これ(写真)は毎年春になると頂く山菜オンパレード。 私も越後の生まれですから山菜には目がありません。特に雪の下でじっと春をまった山菜は格別です。
空気は美味しい、酒は美味い、お米は最高!!  そして何と言っても素晴らしいのが人情です。


百年料亭石川

先般伺ったとき、湯沢湯乃華芸妓の主宰者(阿部さん)が案内して下さったのがここ百年料亭石川さんでした。

波島陽子の故郷湯沢。 「湯沢はすっごく良いところなのに・・・・」と自慢したくて仕方なかったことがひとつひとつ紐解かれていきます。  なるほど・・・・

料理-5

ここでしか味わえない逸品。
百年料亭の魅力解禁。 またここのご主人が温かくて穏やかで、特別にいろいろと懐石料理を説明してくださいました。

都会では味わえないお品書きの内容!!  5月という一番良い季節だったせいかまた格別のお味でした。

そこに・・・

料亭2

「おばんです・・・」でしたでしょうか

阿部さん率いる芸舞妓さんの登場です。  これを贅沢三昧というのでしょうね。

阿部さんがやりたい、果たしたい夢がハッキリわかりました。

日本舞踊はお座敷で観たらまた格別なものです。  前述のように、直純先生と本当に多くのお座敷を経験しました。その私が、別格と太鼓判を押さないと直純先生に叱られますね。
先生がご存命なら、是非ご案内したいお座敷でした。 市役所を辞めてまでやりたかったこと。これは政治家以上に行動力のある素晴らしい仕事です。

私は地域振興事業に関わる仕事を20年以上もやって来たのでよく分かります。 町興しに祭りは最適なんです。
ご存知のように、観光は祭りそのものです。 
ここ湯沢はあの七夕に「絵どうろう祭り」というのがあります。 観光で言えば温泉は全国どこにも引けを取らない。
美味しいお酒に興じるときに、こんな素敵な芸舞妓さんが登場したらどうでしょう!!? 消費税なんか吹っ飛んじゃいますね。

旅は粋に振舞うもの。しっかりとした芸を磨き舞うその姿はまるで妖精が出てきたようです。

インバウンドと言われ、諸外国からも多くの観光客のみなさんが日本を訪れます。
波島陽子日本舞踊教室にも年間約2000人ものお客様がいらっしゃいますが、この殆どが日本が大好きでやって来ます。

さて、何が良くてなにが楽しみで訪れるか分かりますか!? それは間違いなく「日本人の心」に触れたいからです。波島陽子が何故人気があるのか・・・・。それは大きく言えば秋田県人だからと断言できます。
「どうしてですか・・・・!?」 とまだわかりませんか? 秋田の人は正直者が多い。心の優しい人が多い。思いやりに溢れた人が多い。これを一言で言えば人情です。

阿部さんがやりたいことも、波島がやりたいこともここで一致するのです。 つい2~3日前にも四国の日本舞踊愛好者の方からお電話を頂いたばかりです。「いろいろYOUTUBEを観ましたが陽子先生の踊りが一番美しかった。」そこで先生の振付DVDで勉強したいので作品を送ってくださいということでした。

踊りが美しいのは心が優しく思いやりに溢れているからです。 私が初めて料亭石川さんで日本舞踊を観たときがそうでした。阿部さんはこの仕事を商売にしてやっていない。故郷湯沢を元気にしたいその一心で頑張っていることが手にとるように伝わってくるんですね。

これから少しずつそのメンバーに触れて(語って)みたいなと思っていますが、この湯乃華芸妓は湯沢の宝ですよ。あんなに美味しい日本酒があるのにどうしてこの芸妓たちを使わないんだろう。正直そうおもいます。
お酒は雰囲気で飲むものです。 食事は楽しみながら頂くんです。 そうした場所場所で楽しくしてくれる皆さんが湯乃華芸妓さんたちです。

本物の芸で本当に美味しい心のこもったお食事を頂いてください。 芸妓の舞は男性が楽しむだけのものではありません。多くの若い女性たちがこんなにも波島教室に通って来るのは美しく綺麗な舞に憧れるからです。

ひとつずつこうしたことを大切にしていたら、十分日本の伝統や文化を守ることになるんですよ。

是非「湯沢湯乃華芸妓」の舞を観に行ってみてください。 私の言っていることが分かります。






  湯沢湯乃華芸妓物語 1

どこまで綴れるか分かりませんが、これから何回か「秋田湯沢湯乃華芸妓」について綴ってみましょう!

現在芸舞妓オールスターです
勢揃い

華やかですね~!! 楽しそうですね~!! 素晴らしい景観ですね~!

最近見世出しした富紀乃さんは後でご紹介(写真)することにして、先ず口に出るのが、お着物姿の素晴らしさ。 そして皆さんは正に日本の華です。
「湯沢湯乃華芸妓」とはよく付けたものですね。 みなさんは知っていましたか!?「湯沢湯乃華芸妓」を。
  
知らないと損という言葉がありますがまさにその通りです。
私が初めて見せて頂いた舞に即とりこになったんだから間違いありません。


直純B-1

私がずっとずっと若い頃、有名な音楽家の山本直純先生と全国の温泉を旅した話をしたと思います。

私がお座敷遊びに興じるなど30年も早いや・・・と思える若造の頃のお話です。 直純先生と友だちになれたことで本当に得をしました。(正真正銘毎回裸の付き合いですからね)
私は温泉が大好きで全国のいろんな温泉に行ったことがあります。だから「温泉」と言われると即駆けつけます。
当然いつも私が運転手。車内は温泉に着くまで笑いが絶えません!!? 先生のジョークオンパレードだからです。 あの有名な音楽家なのにまるで少年のようでしたね先生は。「それが芸術家なんだ !!」 でも、温泉の目的は「お座敷遊び」だったんです。

ここに写っているみなさんは芸者さんです。 勿論、三味や太鼓・新内も。そして極め付きは日本舞踊でした。
当然場所によっては最初の湯乃華さん(写真)のように正装して(芸妓姿)来るところもあります。

しかし参りましたね!湯乃華芸妓さんには!!  湯沢は本格的なんですよ。
周りの市町村、いや隣の県も、いや日本全国のみなさん、湯沢に行かなきゃ間違いなく損ですよ。これだけお座敷遊びを経験した私が言うのだから間違いありません。

こんな素晴らしいこの芸妓連を発足させたのが「阿部一人」さんです。
つまり主宰者ですね。  私は波島陽子を通じて3年前に初めて東京浅草の舞台(浅草公会堂)でお会いしました。
行動力のある方ですよ。 ですから、湯乃華芸妓はその1年前に立ち上げたことになりますね。
今思えば本当に勉強熱心な男性です。

今年の春まではその程度の面識でした。
ところが、波島陽子が故郷である湯沢をなんとか宣伝したい・・・と都内で食事をする機会があり、そのときインバウンドのお仕事やPFI・PPP協会の理事長である植田社長に訴えたのです。
「湯沢には温泉があります」、「素晴らしい絵灯ろうがあります」、「小野小町の町です」、「秋の美しさは芸術です」、そして「阿部さんという人が頑張っています」・・・と。
市長が聞いたら泣いて喜びそうな郷土愛。
そしたら理事長が「即湯沢に行きましょう」、「阿部さんに会いましょう」・・・・となったのです。波島のひと声が無かったら理事長も私も湯沢や阿部さんに縁が無かったかも知れませんね。

令和元年5月10日 その日がやって来ました。
私と理事長とで令和最初の大仕事です。 熱血漢阿部さんは湯沢駅で私たちを迎えてくれました。
5月の晴れた日。 車窓から見える新緑の素晴らしかった事。 ずっとスマホで録画。日頃浅草で暮らしているせいか秋田(湯沢)は天国でした。

到着してすぐ「百年料亭」で関係者の皆さんと肝心な打合せが始まりました。
そして、夕食に用意されていたのがお座敷だったのです。 前回もお話ししましたが、ここで初めて湯乃華芸舞妓さんに会うわけです。
やはり雰囲気がありますよね百年料亭は。
素晴らしい舞に興じ改めて阿部さんに尋ねました。「阿部さん、どうしてこの仕事をやろうと思ったんですか!?」と。

気さくな阿部さんは豪快に笑い飛ばしながら、「私は実は市役所に勤めていたんですよ・・・」???
そのきっかけはまさに波島が懸念していた元気のない故郷についてでした。  熱っぽく語る姿は私に似ていて少し滑稽でしたが、一番理解できるところでもありました。
社会変化の中で例外なく失われそうな湯沢という地に対する愛着から「地域の元気が失われることに居たたまれなかった」危機感を話してくれました。
地域振興に関わる仕事を30年もやっていた私は直ぐに理解できる話でした。 山本直純先生との出会いも各地での活性化事業がキッカケだったんですからね。

阿部さんは勿論「私に何か出来ないだろうか・・・」となる訳です。 阿部さんはまたも豪快に笑い飛ばしながら「周りの者はバカじゃないかと言います。市役所を辞めてまで・・・・」と。
私が一番伝えたいのは湯沢市長や各議員さんたちにですね。 良いことは思ったら即実行する行動力です。
このことは湯沢市民のみなさんも是非ご理解ください。それが町興しですから。

「院内銀山の花街文化を活用できないか・・・」京都に縁のあった阿部さん。
そして日本舞踊をかじっていた経歴。それが30年勤めた湯沢市役所を早期退職し芸舞妓事業をやるんだの決意に至りましたと語ってくれました。

湯沢市のみなさん、このブログに目を通していますか!? 地元を愛するってこういうことです。

その夜舞を見せてくれたのが佳つ那(現・佳津那)さんと佳乃華さんでした。初めて観た踊りは言葉がでないほど素晴らしかった。 本物です。 これからでしょうが、周り(市民)が育てるべきですね(実感)



最初の写真に載っていませんでしたね、最近見世出しされた「富紀乃」さんです

富紀乃 B

予断ですが、阿部さんは昔から「イイ女製造機」と呼ばれていたそうです。
お付き合いした女性たちが何故かどんどん垢抜けていったとか(素晴らしい)

今は湯乃華の子たちをイイ女に変身させているそうですよ。 確かに素晴らしい芸舞妓のてんこ盛りでした。
阿部さん! 阿部さんが選んだ道は正しい道です。何よりも地元湯沢の歴史や文化、人の心を知ってもらいたいと立ち上がったんですから。 人の為に尽くす。波島陽子もそっくりです。 秋田県人なんですね。



まず今回は湯沢湯乃華芸妓のさわりを語りましたが第2弾をお待ちください。








 湯沢湯乃華芸妓にふれて

撮影日記

撮影には新緑と秋がとっても似合いますね。 秋とは言えまだまだ夏日を記録するという異常気象つづきですが、季節は楽しみたいものです。

私はときどきお弟子さんを連れて写真を撮ってあげますが、日本舞踊を習っていてのその姿はいつもながらに実に素晴らしい。
AIが・・・などと言われている昨今(じだい)ですが、特に若者がお着物を好んでくれることは実に嬉しいですね。

しぐさ・・・とか振る舞い。 やはり日本舞踊を習ったものにしか醸し出せない魅力があります。

五月の中旬に私は波島の故郷湯沢市(秋田県)に行ってきました。 地域振興に少しでも役立てばと市内で芸妓活動を興した熱血漢に会いに行って来たのです。

打合せが終わった夜、「是非一度うちの芸舞妓をみて欲しい・・・」とお座敷に招かれました。

いつだったか私はお座敷遊びを音楽家の山本直純先生に教えて頂いたお話をしたことがあると思います。
一般的に「芸者遊び」という人もいますが、知識のない若いころはそう思っていたこともありました。

ところが、実際のそれは実に芸術的で紳士的であることを強烈に学びました。
芸舞妓の修行は半端なく厳しいもので日舞は勿論のこと政治経済・芸術・スポーツ等々相当勉強しないと務まりません。
ご存知のように今はどこにでもコンパニオンというのが居て宴席を盛り上げてくれるようにもなっていますが全く違います。

芸で楽しんで頂く。 だから芸舞妓なんです。

直純先生のお陰で全国のいろんな温泉に行きました。 すべてお座敷遊びが目的でした。今考えたらなんて贅沢な旅だったんだろうと感謝しきれないですね。
今は浅草に住んで、しかも毎日日本舞踊に関わっています。

話しはそこです。 湯沢市で初めてお座敷を見たとき、驚きが2つありました。
それは会場が百年料亭であったこと。 「あるんだ・・・湯沢に!!」

そして見せて頂いた佳つ那さんという芸舞妓の踊りでした。
「えっ!! 」 その驚きは久しぶりの感動でもありました。  凄い!素晴らしい! 美しい!
何よりもそのたたずまいから醸し出る雰囲気は「ここで味わえるのか!?・・・」の驚きだけでしたね。

波島陽子日本舞踊教室にも素敵な女性(生徒・お弟子さん)はたくさんいます。 波島は実はこの湯沢市出身なのです。
そして、この芸妓をまとめている社長こそ根っからの湯沢っ子阿部一人さんでした。

私は波島陽子をプロデュースして13年になろうとしています。  
佳つ那さんの舞いを見終わった瞬間私は阿部さんに言いました。 私の夢を実現したくて。


阿部さんが立ち上げたのが「湯沢湯乃華芸妓」です。
そんな訳で次回からしばらくこの「湯沢湯乃華芸妓」さんを連載してみたいと思います。

湯沢出身の波島は故郷湯沢を出て34年。 ここ湯沢で故郷を守る阿部さんは立ち上げて4年。

ですから、来年は湯沢湯乃華芸妓さんが5周年。 波島陽子が芸能生活35周年です。

故郷を思う2人が手を組む必要があるでしょう。  故郷湯沢のために(燃えました久しぶり!!)

湯沢湯乃華芸妓は浅草に住んでいる私が言うのです素晴らしいと。 日本全国のお座敷を見てきた私が言うのです佳つ那さんは素晴らしいと。私が伺った当日は佳乃華さんという芸妓さんも一緒でしたが実に初々しくて素敵でした。

どこまでご案内できるか分かりませんが、湯沢湯乃華芸妓の魅力をふんだんにご紹介したいと思います。
楽しみにお待ちください。




プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
チーフ・プロデューサー
演出家

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