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 コロナに負けない勇気をみた


湯乃華研修会B

令和2年を迎えたときはそれぞれに希望がいっぱいだったことでしょう。 我々も今年は湯沢市の「湯乃華芸妓」さんとの舞台が最大のイベントとして控えての新年だったため夢と楽しみでいっぱいでした。

最初、中国武漢でのコロナ・・・・と聞いたとき、まるで他人事のように思っていたこの感染騒ぎは今や地球全体がその恐怖にさらされているという最悪の事態になっています。

月日の経過とともに笑っていられなくなってしまいましたね!!
最初は商売が・・・等々様々な事業所がその打撃を受けまして外国人観光客相手の事業所は死活問題となっています。一番最初は誰が悪かったんでしょう!!責任のなすり合いも露呈しました。しかし、それももうどうでもよくなりました。足元に火が付いたからです。

毎日、うんざりするほどコロナ、コロナです。
政府も大変と思いますが、今こそ超党派で日本人らしい対応(たいさく)で国民を守って頂きたいですね。

私はこの「日本人らしさ」を今でこそ国民一人一人が力強く発揮して欲しいと思う一人です。
「自分一人くらい大丈夫だろう・・・!」はありません。ニュースなどで制限活動に従事する警官に食って掛かる中国人の様子などの映像を見る度に日本人の素晴らしさを再認識します。

一人一人が自覚と協調性をもって・・・という意味では世界に誇れる日本人です。こんな時だからこそその神髄のようなものを世界中に知らしめるときでしょう。

そうは言ってもまだまだその脅威は衰えをしりません。もう、「大丈夫だ・・・」などと言っておられません。
タレントの「志村けん」が重傷であることは周知の通りです。「大丈夫だ・・・」はシャレにもなりませんね。

こんなときつくづく思うのは、誰もがその健康管理についてでしょう。
1日タバコを60本???!!!、毎晩の深酒!!!! 驚き以外言葉がありません。

私ども教室に通う生徒さんもきっとどこよりも若いです。日本舞踊を習いたいその思いは人としての優しさや思いやりに繋がっていることをこの若者からも学ぶことが出来ます。全て心の持ち方ですね。

そんなとき、波島からこんな情報をもらいました。
今秋ご一緒する秋田の湯沢湯乃華芸妓さんの阿部さんが「研修会」を開いていた・・・・というのです。

「凄いですね~・・・・」と言ったら阿部さんは「いえいえただ暇なだけです・・・」と言って笑ってたそうですが、知りたかったのでその一コマ(写真)を送って頂きました。
こんなときにしか出来ないので・・・と地元の特産物や名産等々を専門家から学ぶ機会(研修会)を設けたのだそうです。
とても「暇だから・・・・」で出来ることではありませんね。おそらく一番驚いたのはきっと「講師」でしょう!!そして喜んだことでしょう。
地元を元気にしたい、地元の伝統や文化を守りたいと立ち上げた「湯乃華芸妓」。本物です。

自慢したいですね、私が昨年この湯乃華芸妓さんを選んだこと。私の目に狂いはありませんでした。
改めて今秋開催する「合同公演」は間違ってなかったと確信できました。

湯沢市全体の企業も市民のみなさんもこの「実践」こそ勇気です。こんな素晴らしいチームが湯沢市に居ることを自慢にさえ思って欲しいと思います。

コロナになんか負けていられません。 仕事が出来ないのなら「何ができるか・・・」です。
多くの若者も是非学んで欲しい素晴らしい事例です。

心がけや想いこそ命です。 

私はいろんな経営者を本当に多くみて来ました。 チームのリーダーもしかりです。
分かりやすく言えば、それを会社で例えて表現するとすれば、「社長の人間性より企業(団体)は大きくならない・・・」ということです。つまりトップを見れば会社の将来は見えるということです。これは100%合っています。
つまり能力は勿論それをひっくるめて「器」ですね。この姿勢を理解できる同胞をどれだけ集められるかが大きな問題なんですね。

コロナを終息させるのも日本のかじ取り(総理)にかかっています。なんでもかんでも反対する野党の姿にも嫌気がさしますが、ここぞというときの一体感を示すのも野党の力の見せどころ。

こんな少人数のこの研修会の様子(しゃしん)を見て、まだまだ日本も捨てたもんじゃないな・・・と感動。

この情報から大きな勇気を頂くことが出来ました。 頑張れ湯乃華、あっぱれ湯乃華 ♬

 湯沢ふるさと音頭の誕生

ふるさとは遠きにありて思うもの・・・

ふるさと

家族で、町民で、みんなで集う行事がこの町にはありました。 

この町に受け継がれている素晴らしい行事です。 そんな故郷を持つ波島陽子から湯沢市に素晴らしい唄のプレゼントです。

「湯沢ふるさと音頭」、今年の1月波島陽子は故郷湯沢市から「湯沢市ふるさと応援大使」を拝命しました。

私が知っている限りでは波島のふるさと愛は相当なものです。秋田県湯沢市で育った波島はお芝居がしたいの一心で故郷を後に上京。頑張って今年で35年が経ちました。揺るがない精神力には本当に頭が下がります。
本気で過ごした35年は今や「新舞踊の振付第一人者」になりました。普通、日本舞踊はご存知のように「流派」というのがあって結構難しい世界です。
例えば、Aという流派に所属している人がBという流派の踊りなど踊ろうものなら大変なお目玉を食らう程まだまだ封建的な世界かも知れません。

しかし、波島流を創流し波島教室へ他の流派の生徒さんが教えを乞いに来ても決して拒むことのない寛容な心の持ち主です。
その心、波島陽子のふるさとを知って、「なるほど・・・・」と納得しています。

現在、縁あって私は湯沢湯乃華芸妓の主宰者とお付き合いをさせて頂いておりますが実に素晴らしい男性です。何度かお知らせしているのでご存知とおもいますが、初めてこのブログに目を通されるみなさんにもう一度お話しさせて頂きます。

実はこの素晴らしい湯乃華芸妓さんと今年の秋(10/24)に波島陽子社中と一緒に湯沢文化会館で公演をとまで話が進みました。その準備で何度も何度も湯乃華芸妓の主宰者と打合せながら事を進めて参りましたが、こんな人間(ひと)が居るんだ・・・と感激続きの毎日だったんです。
この人柄(にんげんせい)こそ湯沢市の心なんですね。 波島が故郷(ゆざわ)を応援したいと思う気持ち、理解できますね。そこで私にも何か協力できないか・・・と思い立ったのが写真(上)に見るこの光景です。

子供たちに関係した仕事(イベント)を長い事やって来た経験から子供を楽しませることは大の得意でした。波島に、「ふるさと応援大使」のお話しがチラついた頃、自分を鼓舞する為に湯乃華の佳津那さんに公言しました。つまり、自分に約束をした瞬間でした。

もう何をどう創るかは決まっていたんです。 アンパンマン音頭やアラレちゃん音頭のような家族で楽しめるような楽曲に波島陽子が踊れるように振付ける。これです。

湯沢の風景、名産・名物等々、そして秋田弁を駆使し「可愛い湯沢の四季」にまとめました。

楽曲の作者は私が長年参加し続けている異業種文化交流会(i-Media)のメンバーAki詩音(https://twitter.com/akishionsong)さんに依頼しました。詩音さんはボイストレーナーでもありジャズシンガーです。
私の考えはズバリ的中。4ケ月も考えに考えた詩音さんから試作品が送られてきました。「大正解」。
なんの助言もチェックも要らない素晴らしい作品は一発OK. 可愛らしく、心が躍るような、それでいて故郷がいっぱいな風景が目に浮かぶ見事な作品として誕生したのです。

ご存知のように、昨年の暮れに「日本レコード大賞」に輝いたのがあの「パプリカ」でした。時代にはブームというものがある。ある人はこのパプリカに匹敵する作品だね・・・・と。


絵ー3

まさに踊り出したいようなテンポとリズム。 まずはその歌詞をご紹介しましょう。

   ゆ・ゆ・ゆのまち 華のまち
   ゆ・ゆ・湯沢が 好~きすき

1. 枝垂れ桜が踊るよ(ほいほい)
   風に揺られて踊るよ(ほいほい)
   芽吹いた緑に やんちゃ坊主が
   でんぐり返って笑い出す
 
   鳥海山(ちょうかいさん)を見てたんせ
    りんごの花も見てたんせ

   は~ わくわく 春が来た(どっこい) 
   お花もニコニコ お山もニコニコ

   どっか~ん  湯沢晴れ!


2. ゆんべ見た夢 夢の町
   きらきらおひさま 夏が来た
   小野小町と 小町むすめが
   おててつないで空を見た

   どでした どでした どでしたな(ドンドン)
   ドーンと花火が打ちあがる (ドンドン)

   は~ 灯籠のお姫様(くるり)
   七夕まつりで たんざく片手に
   パチパチ ウインクした

3. 秋の空にいわしぐも
   もみじ色に染まる頃
   むかしむかしの お殿様が
   稲庭うどんに 恋をした

   つるっとつるっと食べたんせ
   お腹いっぱい食べたんせ

   は~ お肌も つるつるだ(んだんだ)
   うめえな うめえぞ みんなで食べよう
   ありゃりゃ~  ほっぺ落ちた


4. ゆ・ゆ・湯沢に冬がきた
   ちっちゃな かまくら 可愛いな
   しがっこまつり  いぬっこまつり
   かだるかだるよ 雪んこが

   氷の宝石光ってる(ピカピカ)
   幸せ願って光ってる(ピカピカ)

   は~ 指先かじかんだ(ひゃっこい)
   温泉が呼んでる おててもお顔も
   ちゃっぽーん  ぽかぽか

   じいちゃんも ばあちゃんも みんなでね
   おこたを囲んで待っている

   は~ 雪を割って ふきのとう(すくすく)
   凧が風切って やさしい湯沢に
   お待たせ~ !   春がくる



この楽曲「湯沢ふるさと音頭」は必ずや日本全国に轟きわたる名曲として故郷に貢献するでしょう。

銀座・渋谷・新宿界隈で800名ほどの皆さんに聴いて頂きました。「素晴らしい!!」・・・と大絶賛。

「私の町にもこんな作品が欲しい・・・」、大正解でしたね。 素直に嬉しかった。

この作品を使って大いに故郷湯沢を宣伝し元気にして欲しいの波島や制作側の声が湯沢市民の皆様に届いたらどんなに素晴らしいでしょう。
まもなく、ラジオやテレビにも登場すると思います。


稲川城

ふるさとはみんなで育てるものですね。

遠くにいてこそふるさとは大切な心のよりどころです。 豊かな心を自慢できるほどの素晴らしい市民の皆様です。

誰かがやってくれるだろうではなく、「私が先頭に立って行動したい・・・」とする若者が出現して欲しい。そして、その若者を大先輩がこぞって応援する。そうです、一体となってふるさと湯沢を盛り上げてください。

秋の舞台「粋と艶との花舞台」には作者のAki詩音さんも伺います。

波島の振り付けた「湯沢ふるさと音頭」、みなさんで踊ってください。

この作品は湯沢市のみなさんにプレゼントしたいと思います。

詳しいことは湯沢湯乃華芸妓までご一報頂ければ詳細を知ることが出来ます。

みんなで頑張ってこの作品「湯沢ふるさと音頭」を育ててくださいね。





























 豊かな心で乗り越えよう

さくらC

2011年(平成23年)3月11日 14時46分18秒

私はこのとき、いつものように事務所で作業をしていました。
一瞬何が起きたのか想像すら出来なかったが現実は棲ざまじかった。本棚、テレビ、食器棚等々あらゆるものが倒れ、一瞬のうちに足の踏み場もなくなっていた。勿論何秒もしないうちに「地震」と分かる。余震でさえ半端ない揺れだったのでものすごい恐怖を感じました。これが私の9年前のその瞬間であす。

9階なのでその揺れは今までに経験のない恐怖の中にいたことを今尚思い出す。しばらくして、つけっぱなしのテレビに映し出された映像はまるでトリック映画を観ているようだった。「ああ!これか・・・ 」
それから9年、輪をかけるように「コロナ汚染」が押し寄せてまだ終息を見ないでいます。

震災は忘れた頃にやって来る・・・と言いますが、3月11日を誰が忘れるものですか・・・・。
でも、もう11年なんですね。 当時小学6年生だった少年少女が20歳になったことになるのかな!!?
家族を失い、友も家も失うというこれほど悲惨なことってあるだろうか!? 世界が近くなった分、今回のコロナ騒動も死活問題にまで発展しています。

私もビルの9階であわや家具の下敷きにならないとも限らない状況だった分けです。他人事では決してありませんね。

9年前に写した記念の1枚です(桜)。
私はこの桜の花を観て涙が溢れました。 自然の力の大きさとともに、その生命力です。
当時のこの写真にタイトルを付けるとしたら間違いなく「負けるな」ですね。

思いもしなかった令和最初の1月にこのコロナのニュースが流れ始めました。誰もがここまで大きくなることを想像もしなかったと思います。勿論私もです。
2月になってさらに騒動は大きくなるばかり・・・・。

ここからの判断は全てに大きな影響を与えることばかり・・・。 
ここでもっともみっともない姿を見たのが政治家たちです。 確かに判断は誰がしても完璧ということはありません。しかし、ひとことで言えば「もめている場合か・・・・!!」ということに尽きますね。この期に及んで何を揚げ足取りをしているのか。野党は反対すれば良いというものではありません。この時とばかり与党を責め続ける見苦しさがまさに何の解決策も持たない無能な政治家を証明しているようなものです。

四つ葉B

みんなで、一致団結することで国民を守る。人間には失敗はつきものです。それでも最小限に食い止めるのが政治家の役割ではないのだろうか!?
私は、与野党を問いません。 どちらが正しいかなど直ぐに分かるものです。中小企業、特にインバウンドを主に営んできたみなさんは「明日どうなるんだろう・・・」と闘っています。既に店じまいした人も知っています。これを救うのが政治家でしょう。

私は散歩が大好きでここ数年はよく隅田川周辺を歩きます。 最初の桜もこのクローバーもみなその時シャッターを切ったものです。四つ葉を見つけたときなどまるで子供のように嬉しくなるから不思議です。

こうした自然から学ぶことは実に多いです。 震災の時のこの桜、「頑張れ・・・・」の代名詞のような瞬間でした。自然は強いな・・・。そう思うと勇気が湧いて来る。
私の友が先日、「お前は波乱万丈・苦しい時期(こと)を乗り越えて来たからこんな事(コロナ)はびくともしないだろう・・・」と。

人を信じてもその人が原因で家屋敷を手放すなどそうそう経験できることではありません。それでも尚信じ、今も尚多くの若者の応援団長でいたいと懲りない男です(笑)。
人間(ひと)は相手を信じられなくなったらおしまいです。 もっと言えば生きていても仕方ないほど大きな問題です。
私はここに来てまでも多くの学びを得ています。 それは、私が騙されても相手を騙してはいけないということを知っているからです。騙すつもりで人生歩く人はいません。しかし、結果的に「騙された」と一般でいう言葉は違うんですね。分かりやすく言えば、特に教室を例えて言うなら、多くの若者が夢を語って日本舞踊教室の門を叩いてきます。決まって彼らは大きな夢があります。

ここですね。夢は大賛成。 夢を持つということは素晴らしいことです。しかし、やりたいということと出来ることは違うという現実です。波島陽子日本舞踊教室にだってどちらかと言えば不器用な人が居ないわけではありません。でもその不器用な人が5年も、或いは8年も通っている内になんて素晴らしいんだろう・・・・という日を迎えます。
逆に、途中で挫折する人の殆どが整理すると「覚悟」のない人だということが分かります。思うに、今回のような大事(コロナ旋風)に巻き込まれたときの処し方です。勿論静観するしかありませんが、こうした時こそどっしり構え徹底した自己管理の中でこの時期を乗り越えて欲しいと願うばかりです。

私たちは実は不思議なめぐり合わせに遭っています。 9年前のあの東日本大震災の年は既に9月の教室の発表会が決定していたのです。中止しようか延期しようかあれだけの惨事でしたからね。結果開催し大盛況で大正解でした。
それが、今回のコロナ騒ぎのこの年の秋10月にまたも秋田県湯沢市での舞台が控えている。なんという偶然!!

私は全く動じてはおりません。
家元波島陽子もやるだけのことは全て行っています。 1時間おきの空気の入れ替え、手の消毒、うがい他これ以上ない対策を実践しています。 湯沢チームも、この機会にこそお稽古に磨きをかけて本番に備えます・・・と。

そんな折、8年もお稽古に通っていた昔のお弟子さんからこんなお手紙が届きました。

「なかなか連絡できずすみません。こちらは元気に過ごしております。世界的に大変な状況になっておりますが、父さんもくれぐれもお体には気をつけて下さいね。さて、波島先生の秋田公演本当におめでとうございます。節目となる記念公演、湯沢市とのタイアップのもと実現できること、私も心から嬉しくおもいます。このような状況だからこそ、芸能文化の力を借りて日本を元気にすることが可能だと思います。波島先生の素晴らしい芸、そして父さんの粋な演出で是非その素晴らしさを日本中に届けてください。必ず勇気づけられる方が居ると思います。会社を設立して12年、いろんなことがあったと思います。波島教室の生徒の一人であった私はとても温かな記憶とともにその日を思い出すことができます。そしてそれは他の生徒さんもきっと一緒だと思います。
「波島教室に通って良かった。そう思ってもらいたい。」という一心で、お二人が築かれたこの12年間、きっと多くの生徒さんにその想いは届いていると思います。集大成となる記念公演、是非成功させてください。それが私たち生徒にとってとっても大きな力になると信じています。」・・・このようなお手紙が3日前に届きました。

私のことを「団長(応援団長の略)」とか「父さん(地方から出て来た人が東京のお父さんと)」、「チーフ」・・・と呼びます。
これはメールではありません。可愛い便せんに綴られたお手紙です。

私たちのやっていることに間違いはない・・・・。そう信じられる瞬間でした。

舞台は一見華やかに観ますが、心で表現出来て初めて舞台に上がれます。
嬉しいことは、日本舞踊を習いたい・・・・と門を叩いてくれるみなさんは日本人特有の感性を持った人が多く、まだまだ日本も捨てたもんじゃないな・・・って思いますね。がんばりましょう。

人生、困難なことはつきものです。 どんな困難に遭遇しても力強く歩ける勇気を持ち続けて欲しいですね。
そう思うことで道は開けます。

9年前の震災の経験と記憶、決して忘れてはいけない人生の教訓です。生かされていることに感謝しながら豊かな心で歩きたいものですね。




 ひな祭りを祝って(童話を紹介)

令和最初のひな祭りを祝って

ひな人形A


ずっとずっと昔、このブログに載せたことがありましたね。 この童話を読むと優しい気持ちになれますよ。

童話作家:立原えりかさんのファンタジーランドから「終わらない祭り」より 『花かんざし』 をどうぞ。

人形つくりは家(うち)が立ち並ぶ古い町の路地裏に一人で住んでいます。もう20年も雛人形を作りつづけてきました。
ある年の3月3日、ひなの祭り、人形つくりはもう何十年も昔、人形つくりのおばあさんがお嫁にくるとき持ってきた大切な雛人形を手にしています。
「どれ、今年はどこか直して欲しいところがあるかね」、人形つくりは古い雛人形に話しかけました。
「かんざしを・・・」まるで花びらが触れあうようなかすかな声を聞いたと人形つくりは思いました。「いいとも!お前に桃の花の形のかんざしを作ってあげよう」、人形つくりはそう言うと銀の板を取り出して仕事を始めました。

そうして作り上げたのは、本当の花びらよりも薄くて軽い銀の花かんざしでした。
人形つくりは、自分の吹きかける息にも揺れてチリチリと歌う小さなかんざしを古い雛人形の髪にそっと挿(さ)してやったのです。

人形つくりが銀の花かんざしを作った年から何年か後に戦争が始まりました。
その年の3月3日、戦争の火は町全部をなめつくし、家を焼き払ってしまったのです。
人々に交じって、人形つくりも何ひとつ持たずに仕事場を捨てました。絶え間なく降ってくる天からの火を逃れて逃げまどいました。
すぐそばで少女が倒れても助けてやることができませんでした。
水を欲しがる子供に、ひとすくいの冷たく澄んだものを運んでやることも出来ませんでした。
人形作りのそばで、何人もの人が死んでゆき、彼も燃え盛る火の粉を右腕に浴びて大けがをしていました。

誰ひとりひな祭りなど出来なかったどこかにその年も桃の花が咲いてうぐいすが鳴き始めたことなど忘れてしまった夜が明けたとき、人形つくりは自分の仕事場に戻ってきました。

町は隅から隅まで焼けただれて、もう焼くものを失った火が醜い煙を上げ、ブスブスと音をたてているばかりでした。

人形つくりは息を呑みました。確かにそこだったはずの仕事場は、天井も壁も柱のかけらも残ってはいません。
けれどもそこにはうず高く積み上げられた桐の箱の残骸が残っていました。
何十組もの内裏雛が緋色の袴のボロボロに焼かれた官女たちが箱からはみ出して重なり合っています。

首は折られ、手や足はもがれ、髪の毛は焼けただれて人形たちはまだ煙を上げていました。
人形つくりはそこに立って雛人形たちが燃えつくしてしまうのをまるで人間の世界を呪ってでもいるような声をあげながら崩れ
灰になってゆくのをじっと見守ることしか出来ませんでした。その火を消してやる水がなかったのです。
「ゆるしてくれ、ゆるしてくれ」、人形つくりは崩れて折れ重なっている雛人形たちを片端から救いあげようとしてみました。
けれど、手のひらにのせるだけで人形はほろりとこぼれて地面に消える灰になっていたのでした。

朝の光は空に春が来たことを知らせていました。
さて、その戦争が終わっても人形つくりには人形をこしらえることができませんでした。戦争で大やけどを覆った右手はもう使えなくなっていたからです。
町に平和が戻り、雛の祭りが帰ってきても、人形つくりには雛の祭りは戻っては来ませんでした。
これから先、どんなふうにして生きてゆけばいいのかと人形つくりは考えました。
失った右手をぼんやり見つめました。そのときです。うなだれている人形つくりの耳にカラカラと回りながら近づいてくる何かの音が聞こえました。
人形つくりは外を眺めました。そこには穏やかな月の光が溢れていました。
光の下に広がっていたのはまだ焼跡を残している町ではありません。溢れるばかりに咲いて匂っている桃の林が人形つくりの目の前に広がったのです。
そうして咲き匂う桃の小枝が天涯(てんがい)のように伸びている林の中の道を一台の御所車が進んでくるのでした。
黒い漆塗りに金泥(きんでい)の模様をつけた御所車は降りかかる桃の花びらを浴びて静かにやってきます。
人形つくりは思いがけない光景をもっとよく見ようと外に出ました。薄紅色の花の中へ分け入って行きました
御所車がかすかにきしって止まると降り立ったのは薄紫の着物を着た女の人です。

ほっと匂うように、その人は笑いました。
「どなたです?どこから来たのです?」人形作りは尋ねました。「ずっとずっと遠くからあなたのお嫁になりにきました。あなたの右手の代わりになるために」、女の人は言いました。
「どうぞあなたの好きな名で私を呼んでください」、その声を確かにいつかどこかで聞いたことがあると人形つくりは思いました。
おっとりと白いその顔にもいつか出会ったことがあると。じっと見つめている人形つくりの前で女の人は微笑みました。
そっと首をかしげました。すると黒い絹糸のような髪に飾られたかんざしがチリチリと歌ったのです。
それは、この世にふたつとあるはずがない人形つくりがこしらえた銀の花かんざしでした。


プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
チーフ・プロデューサー
演出家

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