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 村上幸子こそ演歌の女王

あれは暑い夏の日の出来ごとでした。
今から23年ほど前、31歳の若さでこの世を去った演歌の若きエース村上幸子。
今月23日はその命日です。

名前は村上幸子。
私は彼女の歌にほれ込み、新潟・群馬他いろんなイベントでスポンサーに彼女を勧めました。
今でも祭り屋台を見るたびに思い出します。
松本明子や高田みずえ他中堅クラスの司会を何度もやらせて頂きましたが、中でも「村上幸子」の歌唱力は抜群でした。
舞台に上がって司会進行する私に送る優しい眼差し。その可愛らしさと天使のような美しさは忘れようにも決して忘れられるものでありません。
ふとパソコンを開き検索したのも命日が近かったからでしょうか!?本当に偶然というか不思議ですね!
同じ新潟県出身ということもありましたが、その味わいは他の比べものになりませんでした。

1988年に勝負曲としてリリースされた「不如帰(ほととぎす)」は歌詞の一部に­「泣いて血を吐く...」という1節があり、当時昭和天皇は下血・吐血を繰り返し、危篤と小康状態を往復していたため「時期的にも適切な表現とは言えない」という理由から放送中止(自粛)になったというエピソードを持っています。
2年後の1990年7月23日、村上幸子は急性リンパ腫の病状が悪化し31歳で夭折しました。

丁度波島陽子の来年の舞台(波扇会)の選曲にあたりいろんな楽曲を探していたところ、そうだ村上幸子がいた。
久しぶりに聴いた「酒場のすずめ」に改めて自身の人生を重ね合わせ涙が止まりませんでした。
それは、よく二人で地方遠征をした楽屋等々の思い出が多く甦ってくるからです。
「にごりえ」・「花ぬすびと」・「縄のれん」・「花契り」・・・・、どれをとっても素晴らしい名曲揃い。
今からだと今度の舞台までには間に合わないかもしれませんが、是非振り付けをお願いしてどなたかに踊ってもらいたいと思っています。

本当は不如帰でNHKの紅白に初出場できたはずなのに・・・・
歌詞が合わないという理由で選ばれることのなかった彼女の人生もまた演歌そのものでした。

歌謡界には続々と新人が出てきます。
しかし、村上幸子のような歌い手はもう現れないでしょうね!それほど素晴らしい歌い手でした。 唄の好きな私が言うのだから間違いありません。

まもなく彼女の命日がやって来ますが、しばらくは村上幸子の歌に酔いしれたいと思っています。
これほど惜しい人はいなかったと今更ながら残念で仕方ありません。   合掌



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岡部俊雄

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