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開校11年を迎えて

開校11年を迎えて


10年ひと昔と言いますが本当に早いですね! 浅草に波島陽子専用のお稽古場を開設して10年が過ぎました。(現在11年目に入りました)
心機一転、更に心を新たに20年に向け頑張らないと・・・

写真を見て感慨にふけっています。「ああ!開設の日、多くの皆様に祝福されて踊ったときの写真だ」 教室は波島の義叔父が心をこめて作ってくれた道場。
しっかりとした作りで未だ新品同様の綺麗な教室です。 写真左上に少しだけ見える装飾(造花)の紅葉が懐かしい。
道場が生徒さんのもうひとつの大切な居場所であって欲しいと考えに考え工夫を凝らした唯一の飾りですが、お稽古場を10年間見守り続けてくれたのもこの四季折々の飾りです。
勿論、波島の性格は変わりようがありませんが、通して120名ほどの生徒さんに恵まれて今日までやって来れました。
一人でも多くの若者に日本の伝統や文化を日本舞踊を通して伝えることが出来たらと腰を上げたのは大正解でしたね。 「習ってみたい」とする若者は本当に多く、その動機にも驚かされます。

特に日本舞踊はお金がかかるという印象は現在も尚否めません。これは今までの日本舞踊界のおかしな伝統なんでしょうね。 高い費用では多くの広がりを求めるのは不可能と立ち上がった波島陽子日本舞踊教室の費用は他の流派に笑われるほど安価なものです。 入会を希望する生徒さんが一番気になるのが勿論「料金」です。 そして、「発表会にはどうしても出なければならないんですか!?」と聞いてきます。 それが習いたい側の本音なんでしょうね。
勿論、波島教室に強制というしきたりやシステムは皆無です。 開校以来、今までに3回発表会を開催しましたがその都度会社が全面的にバックアップをし素晴らしい思い出になる舞台でその日を迎えました。

最初の会はこれも義叔父が建てた料亭での舞台。 ご家族をお招きして100名ほどのアットホームな会でした。
2回目の舞台は渋谷の伝承ホールでの開催。この辺からは舞台経験豊富な波島ならではの舞台に。とても素人の立つ舞台ではありません。
私も芸能事に携わって40年ほどのキャリアがありますが、今までの経験、積み重ねがこのように役立つとは思ってもいませんでした。
様々な舞台を手掛けた(演出・構成・脚本)私の経験は全国の劇場・有名ホテル等での一流歌手等のディナーショーまでその数は数えきれません。

発表会で言われる事。それは昨年10月の浅草公会堂での発表会(燦陽譜)での観客の皆様から頂いたお手紙やメール・電話で確信に変わりました。
「こんな舞踊の発表会は今まで観たことない」「これ、発表会ですよね!」・・・、一人一人の生徒(出演者)に添えた開演前のメッセージ。これこそが師匠波島の心(ぶたい)だったのです。  出演者は夢中で、緊張していて分からなかったでしょうが、客席からの温かな拍手、そして感動の涙。 普通、発表会は自分の身内や友達・知人の出番が終わるとその前後10曲くらいで帰ってしまうのが残念ながら常です。 しかし、昨年の第3回目の舞台は違いました。 帰らないのです!
常に1000人ほどの満員であったことが如実にその評価であったと思っています。
勿論、この舞台もポラリスから何百万もの支援を行いました。  でなければあれだけ豪華な仕掛けは出来ないからです。
生徒さんが喜んでくれれば良い! この心きっと伝わっていると信じています。
実際、ご年配の生徒さんで、今まで別の教室で習っていたのが試しにと浅草にやって来ます。 指導方法の違い、指導者の人間性に驚くそうです。
しかし、当の家元はそんなそぶりは微塵も見せることはありません。

考えてみればそうですよね! 普通の学校、つまり中学や高校の先生が怒鳴った・・・とか、罵声を浴びせた・・・とか、目を覆うようなニュースも最近は頻繁です。 クラブ活動の指導者。私の知っている限りの日舞の指導者等もみな共通点が多いです。 いろんな企業(しょくば)を渡り歩いて来た経験上、社員が辞める会社の殆どが上司、或いは経営者が威張っているという共通点です。
凄いときは驚くほど興奮して怒っています。 波島陽子に出会ってはっきり分かったのは、指導力のある師は怒らないということです。 分かりやすく言えば指導出来ないから・・・、自分の思い通りにいかないから怒るんですね! 一番タチの悪いのは威張っていて怒ることです。 これはどこでも見受ける光景です。
波島が教室を持つ前からの指導歴で言えば、私の知っている限り15年ほど指導する現場を見て来ましたが、一度も怒ったところを見たことがありません。
からと言って優柔不断ということでは決してありません。 ただ一度だけ、8年も前でしょうか!? ある会社の社長の横柄な態度に「あなたは日本舞踊を習う資格がない」と突っぱね辞めさせたことがありました。それもいきなり告げた訳ではありません。おそらく8ケ月以上ものわがままで横柄な態度に見かねてのことだったと記憶しています。 その後、私に「何とか取り持ってくれないか!?」と連絡がありましたが、師匠の心が分かるだけにやんわりとお断りしたことを覚えています。

この10年間を見ていて思うのは、「こういう人物こそ文化庁等に表彰されても良いはずだ」と断言できるのです。
指導者のお手本ですね。 全国の波島作品愛好者の数も途方もなく増え、先日は関西から初めての作品購入者からこんなメールを頂きました。 
「私の娘が近々結婚するにあたり、披露宴で私がお祝いに娘へ踊ってあげたいのです・・・」と。
頂いたご依頼の作品をお送り致しました。すると3日後くらいに「なんて素晴らしい作品なんでしょう!娘は3歳の頃から古典をずっと続けて参りましたが、この作品に感動し母娘共々涙が止まりませんでした。本当は私が踊るつもりでしたが、お母さん私に踊らせてと言うことで花嫁本人がこれからお稽古をして踊るそうです。」
まだまだ書いてありましたが、全国のみなさんは波島の作品を手にするとみな同様に感動してくださいます。
私が自慢したくて言っているのではありません。 これが波島陽子の集大成なんでしょうね。

昨日、デンマークへ行って来た国際重点教育の一環として行われた親善大使が教室を訪ねて来ました。 まだまだ中学2年生ですが、この経験をすることでひと回りもふた回りも大きく成長したように見えました。
「波島先生!」・・・・と飛んで来るその姿を見てつくづく思います。 教室を開校してまもなく引き受けた親善大使(こどもたち)への指導も来年で10年目に入ります。 殆どボランティアでなければ出来ないような大変な指導です。

日本舞踊の指導を通して「日本の心」を伝えたいとしているんですね。ここまで続けるということは並大抵ではありません。

現在、外国人観光客の皆さんが浅草にはとても多くやって来ています。まさに国際都市ですね。 今でこそ着物を着て浅草を散策するツアーは増え、浅草でも驚くほどその着せ替え業者(店)は増えました。 しかし、波島教室で送り出すその着物姿とはどこか大きく違います。
他の皆さんは商売でやっている点です。 この着物を着せる業務はおそらく波島が一番早かったように思います。 絹の振袖、品質重視の浴衣等々、最初は500万円ほどでほんの少し着物を買い求め、「浅草を着物で歩こう」と題し大手旅行業者との契約でそのツアーを始めました。 教室を開校するずっと前からです。
つまり、本物志向で臨みたいと思ったんですね。  よく一緒に中古を探し回りました。  ひとつひとつ、1回1回手を抜かないやり方に当然フアンは寄って来ます。 その一部始終を私は見てきたのです。
今では外国人相手のツアーは波島教室だけで年間約2000名に達しようとしています。コツコツコツコツやって来て10年。信念を貫き通すこの心根あっての大偉業だと拍手を贈りたいくらいです。

開校10年を記念して、ご褒美に旅行にでもと計画しこの秋に出かけるのが日光東照宮です。 日頃忙しすぎるからゆっくり温泉ででも骨休みが出来たらいいですね。 日光江戸村は開村(オープン)当時淺香光代師匠の監修で「花魁」の舞台が落ち着くまでと半年も舞台に立ったそうです。
それでも東照宮は行ったことが無いというので波島の友達と全部で5人での珍道中がまもなくです。
 
残念ながら、本当に自己中心的な人が増えました。その事故この事件どれを見ても自分勝手としか言いようがないのが現実です。
どこまで出来るか個人の力などたかが知れていると思います。しかし、日本人なんだから、日本は素晴らしいと信じて諸外国から多くの観光客の皆さんが訪れる訳です。 自慢しても良いと思います「私は日本人です」・・・と。

「日本の心」をどこまで伝えられるかは途方もなく難しい問題かも知れません。
せめて、教室の生徒さんからだけでも「日本の心」が発信できたらどんなにか素敵でしょう。
波島の心を支えながら、日本の心を更により素晴らしいものにするために私も負けずにひと肌もふた肌も脱ぎたいと思っています。

この10年、1回も休むこともなくやり続けた波島の健康管理は見事すぎます。
取り組む姿勢に脱帽です。

心から10年間ご苦労様と言いたいですね。
さあ! 20年に向かって頑張らなきゃ
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岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
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