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 常識ある日本人

世の中が便利になって普段手紙など書いたこともない人からも簡単にメールが届く世の中になった。便利ではあるが文字の変換に間違いの多い文章も少なくない。それでも用件を伝えたりは本当に便利になった。
まもなく年賀状のシーズンだが私はここで一番頭が痛いのが自筆で出す出さないの問題だ。仕事の関係で700枚になろうとしている葉がきの枚数にとても自筆では対応出来なくなってなっているからだ。
頂く年賀状には年5枚ほどが自筆の葉がきが届く。実に嬉しいし感動する。分かっていても全てパソコンで仕上げてしまう自分が情けなく思う。(事実上無理なので許していただいて・・・)
しかし区分けだけはしている。これはブロックに分けているということ。すると必然的に文章を変えることができるのだ。700枚全て同じ年賀状ではなく10ブロックほどに分けることできっと気持ちは伝わってくれるのではないかと勝手に満足している。
今日私がここで便利になったメールについて語りたいのは、連絡事項や普段の何気ない簡単な用件とお世話になったことへのお礼等が全て携帯メールで扱われる現状についてだ。
先ほどの年賀状も本来であれば手書きにこしたことはない。例えばお世話になった会社の先輩や社長に退社や旅行休暇願い、また出産祝いのお返しをメールにして片付ける神経についてだ。
「お世話になりました」と本来であれば直接相手に会って口頭(心)で告げるべきではないか?出産のお返しなども直接出向いてご挨拶をするのが礼儀と言える。
食事をご馳走になって「昨日はありがとうございました」とメールを送信するのとは大きな開きがある。よく日本人はおもてなしの心を持った素晴らしい国民と称されているが心があるかないかの違いなのだから「心」を大切にした対応を望みたい。「暮れの元気なご挨拶」と軽快なBGMでCMがこの時期流れるが風呂敷に包んでご挨拶に訪れるシーンではないのだろうか?
段々簡略化されていったら日本が日本でなくなってしまうようで悲しくなってしまう。礼節をわきまえた行動は心があれば誰にでも出来ること。メールを使う場所をしっかり区別して相手に決して失礼のないように振舞って欲しいものだ。
日本がどれ程素晴らしい国か、いくら中国が経済大国になろうがいくら諸外国が発展しようが、日本人の心の持ち方に追いつくまでにはまだまだ何百年もかかるような気がする。それほど日本は素晴らしい国なんだと自信を持ってほしい。
便利を勘違いして礼節まで失ってしまうことのないように日本人としての誇りを持ちたいものですね。

 人名、会社名等(著名人は除く)は仮名ですが内容は全てノンフィクションです。
 【俊介の部屋】は平成21年6月4日にスタートしました。(毎日掲載しています)
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岡部俊雄

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