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 政治家の責任をどう考える

近年で言えば明治・大正・昭和、そして平成に入ってもう23年にもなるが世の中の変化が情報を得やすくなっただけに本当によく分かるようになった。
気骨や気概のある人間がどんどん少なくなって行くのもよく分かる。家庭でも学校でもそして社会でも威厳というものそのものも姿を消してしまったように思う。
何故こんな話をするかと言えば、日本にはずっとずっと誇れる安全神話というものがあった。近隣諸国と比べてもその国民性の素晴らしさは群を抜いていたはずだ。長年の実績やそのイメージは今回の大震災に対する諸外国の日本国民を見る見方で分かったと思う。
まとめて言うならこれぞ和の心とでも言うのだろうか?しかし、昭和も終わりにかかってくると何か間違った優しさに翻弄されてさえいるように見える。
日本人魂とか、そう言うことを言いたいのではない。優しさが時として無責任に移行してはいないかと懸念しているのだ。勿論「威張る」とか「怒る」といったたぐいを言っているのでもない。
何かに命をかけられるような生き方が出来なくなってしまったのではないだろうかと言いたいのだ。
家族を守る、人を育てる、社会のために尽くせるといったように良い意味で責任をしっかり果たせる人間が少なくなっているようだ。
時代とともにそれは政治の世界でもそれが如実に表れている。一般国民は政治家を特別視しているのではないかと不安にさえなる。私に言わせれば政治家がなんぼのもんじゃいと言いたい。
いろんな事件事故、災害、不況等々ある度にまず政治家の手法が目につく。現在民主党が政権政党ではあるが、原子力発電や漁業・農業・医療・福祉・教育とどれをとっても今の政権がそのかじ取りをし政策を決めてきた訳でないことがあの放射能のようにいつの間にか目に見えない世界で国民に悪影響を与えているという事実だ。
つまり、今日本が困っているのは民主党の前の政権が行った政策のツケがここにきて表れているということだ。
私は民主党の肩を持とうなんて毛頭ない。だからこそ、野党が民主党を追及している姿が滑稽でならないのだ。
国民は今こそ国会を或いは政治家を注視しなければならないときなのだ。
私は最近声を大にして政治家の無力さ国民の無責任さを訴えてきた。無関心である国民が一番悪い。もっと困るのは関心を持っているようでどうして駄目なものはNOと突き付ける勇気がないのだろうということだ。
選ぶ側が政治家を先生などと上げ奉っているからおかしくなるんだ。身近で言えば民主党の大物と言われる議員はどうして当選しているのか分からない。ふてぶてしい心が目に見えていてもそれでも先生と言ったいる地元民に大きな問題があるのだ。
旧態依然とした政治の在り方はもう平成の世にはそぐわないのだ。
熱血教師がいれば足を引っ張る。それも情けない親の無能な心で本来の教育を消してしまっている。私は、息子の教育に対し、先生にこう言ったことがある。「学校に預けたのだからビンタでもなんでもどうぞ!」と。
愛情ある教師が自由に指導できずにどうやって職務を遂行できるのだろうか?勿論、家に帰れば私が一家の大黒柱だ。私の背中で子供が育ったかどうか?大人になれば分かるはず。
子供が自分一人の力で育つなどあり得ない。親の影響があって、先生の指導や教育があって初めて社会に役立てる人間が登場するのだ。
相手の粗さがしに終始するのでなく、国から報酬を受けている政治家諸君、政治家が垣根を越えて立ち上がらなければ決して問題は解決しないのだ。日本のために国民のためにとはそういうことだと思う!

 ありがとう!感謝の心こそ幸せになれる秘訣です。素晴らしい人生を!
 優しさや笑顔に触れて温かい気持ちになれるように、あなたの真心で!
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