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  波島教室のお稽古始め

  いよいよ2020がスタートしました

新年1

感動的な幕開けでしたね2020は

都鳥もさすがにお正月気分を楽しめたんじゃないでしょうか!? 「言問橋界隈にいるカモメを“都鳥”と昔の人は言ったんですよ・・・」といつか説明したことがありましたね。
私も元旦からカラオケで「隅田川」を歌ってみました。やはり江戸浅草は本当に情緒がありますね。 一緒に戯れることが出来ますもんね。
嬉しいことに今日(6日)までまだこの通りのお天気です。 今年初めての散歩ジョギングに昨日出かけてみましたが、隅田川は嘘のような好天。素晴らしい年の予感を身体中に受けてなんとも幸せな新年です。

今年は波島陽子の芸能生活35周年の節目の年で本当に多くの舞台が待っています。
そんなことを考えながらゆっくりゆっくり歩を進めるといろんな光景に出会います。 考えてみれば一昨年はヘルニアで100日も歩けなかったんですからね・・・・・。あの激痛に耐えていたかと思うとまるで生まれ変わったようです。

リハビリも順調に進んでいる中、秋田の話があり出かけたのが昨年5月。 ここでの出会いは更に回復に拍車をかけました。まだプールへのリハビリを続けていた最中でしたから・・・。
つまり新しい元号誕生とともに湯沢公演が決まったわけです。

令和にゆかりの坂本神社(太宰府)の御朱印を頂きお守りまで手に出来た私には出来すぎた令和の始まりでした。
私の為にとわざわざお弟子さんのお母さんが多くの御朱印を頂いてくださって私の令和がスタートしました。いつも思うのですが、人間は本当に一人でなどなにも出来ないのです。
多くの人の支えがあって今がある。 平成の初めに出会った「相田みつを」の作品。両腕・両足がダッソという病で子供の頃から壮絶な暮らしを余儀なくされた「中村久子」さん。このお二人の作品に出会ったのはまだ殆ど世に知られていなかった時期。
中村久子さんの遺品が保存されている岐阜高山「真連寺」を尋ねたのも平成の初めでした。ここで学んだのが「生まれて・生きて・生かされて」・・・・でした。
まさに人生ってそう言うものです。 謙虚であって感謝できる心、それでいて日本の心を代表する昭和の時代。そのままそうした素晴らしさを持った波島陽子に出会ったのが平成13年でした。
ここで淺香光代師に出会って私の集大成となった訳です。 人生はどこで何があるか分かりませんね!?

ここで私の決心は決まりました。 当時は「森陽子」として全国の舞台で活躍していた舞台女優を日本一の指導者に育てたいとプロデュースを買って出て誕生したのが「波島陽子」でした。
教室のランキングが1位になったのも、今まで体験して来た事。 学んで来た全てが今のプロデュースに全て繋がっているんですね。勿論成長し大成した要因は波島陽子の心の持ち方とその技術でした。 どんなに形が決まっても「天性」には及びません。
その天性も持ち合わせていたということでしょう!!

そんな中、ご存知のように昨年も大変な自然災害で日本各地が大きな打撃を受けました。 ずっと前から近年は恐怖にさえ感じるほどの地球の変化に頭を抱えざるをえません。
のど元過ぎればなどと悠長なことは言っていられませんよ。 それだけに、今できること、今やらなければならないことをしっかり整理して1日1日を過ごさないと・・・・。

私の周りにも年齢と共に体の衰えであったり節々の激痛と闘っている人が少なくありません。 でもね、気持ちで負けたらダメです。どうぞ今年は、明るい気持ちで1年を過ごしてみてください。間違いなく良いこと嬉しいことが待っています。


新年2

波島陽子日本舞踊教室の舞い初めは昨日5日でした。

何人ものお弟子さんが朝から元気な顔を見せてくれて令和2年最初のお稽古となりました。

秋に大きな舞台が控えているとあってみなそのまなざしは新年から輝いていました。
先生の故郷へ行ける喜びも伝わってくるなんとも嬉しいお稽古始めでしたね。

嬉しいと言えば、全国各地から「10月を楽しみにしています」の年賀状 ♬
もっと驚いたのは「もう飛行機の予約を済ませました・・・・」!!!  嬉しい嬉しい!!

悔いの残らないようその舞台を目指して猛特訓猛稽古に励んで欲しいですね。

地元の芸妓連の皆さんと一緒の舞台(きかく)、ある意味本当に画期的な企画です。

心が晴れ晴れするような舞台をお見せするために総力を挙げて準備したいと思います。







 令和2年の決意

波島流家元 波島陽子
芸能生活35年の幕開け


新年-1

新年あけましておめでとうございます
令和2年も皆様にとって素晴らしい年でありますように

いよいよ記念すべき東京オリンピックの年ですね。 令和と聞いてから、とっても日本的な元号であることを感じておりましたが、いつものようにの繰り返しも特に昨年は嬉しいことの多い年でした。

私の故郷新潟も昔は3mも4mも積もったものです。 それが昨今驚くほどの積雪で除雪はすると言っても普通に車が走るんですからね!
楽しみと言えば家族団らんの紅白歌合戦から各家庭揃ってのこたつを囲んでのお正月。
コンビニが正月休んだら都合が悪いと叫ぶ主婦がいるとか居ないとか・・・!! 家庭料理で育った私は良い時代の少年時代だったなとそのころの温かさが目に浮かびます。

人の心が見えなくなって平成が終わりました。 それだけに「令和」という時代は何か温かさに期待して止みません。

ご縁を頂いて昨年何度か秋田県湯沢市に足を入れました。 不思議な嬉しさは言葉に出来ないほどでしたね。勿論、便利に越したことはないですが、もう便利はいいでしょう。

観ていてください。その内家の中までのぞき見できる日がやってきます。

宇宙戦争なるものも決して夢でなくなり地球崩壊なんてことになりかねない(涙) 自分が中心の風潮は輪をかけて膨らみそして恐ろしい時代へと突入する。

正月早々縁起でもない話かもしれませんが、それだけに何事も他人(ひと)任せにするのではなく、正しい人としての在り方をもう一度みつめ直し、心の通い合う人情味豊かな日本(地球)にしたいと思いますよね。

湯沢に行って改めてそう思えたのは、まだまだ温かなところがあるということです。
政治家も会社のトップも、悲しいかな結局自分の得になることを最優先に行動するからいつまで経っても問題は解決していかないんです。

私も職業柄、今までに数千人の若者と接してきました。 どんなに時代が変わっても自分の意志を貫き通しやってきました。良い世の中で、張り合いのある青春時代を・・・と。 時には私が煙たかったりうるさかったり等は多かったと思います。しかし、怖がらずここまで来たのは生き方の信念でしかありません。

上司になれば、経営者になれば、政治家になれば「欲」しかなくなる人は残念ながら少なくありません。政治家が問題を起こしても全て隠し通せると思う浅はかさ!!

それに引き換え純粋に芸に向き合う日本の宝がまだまだ頑張っています。
好きだから続くは道理ですが、そこに覚悟の無い者は流行にいつも流され通しです。私の教室に、純粋に夢に向かって頑張っている若者も少なくありません。応援してあげられる人生の先輩を頼りに頑張っているんです。

今年も、一歩一歩、一日一日、着実に積み重ねの成果を与えられるよう応援し続けていきたいと思います。継承や伝承に値する大切な部署にあって当然の決意ですが、若者の笑顔(しょうらい)を見たいですからね。

毎年遭遇する事柄の中に、体の不調と闘っている人も少なくありません。一昨年、私はとんでもない「ヘルニア」という病魔に泣かされました。一歩たりとも歩けない。歩けないだけでも大変なのに死にたいほどの激痛と闘いながら1日を過ごす。
ご年配の生徒さんの中にもやはりそうした激痛と闘っている人もいます。負けないでと言うことは簡単ですが、そんな生易しいものでは解消しません。
そんなとき、せめて人の心が温かかったらどうでしょう。 ほんの少しでも笑顔になれるお稽古場が存在していたらどうでしょう。心が失われた時代とまで言われ昨今だからこそ大切な事柄だと思うのです。

本気になって日本の文化を、素晴らしい日本の心を身をもって伝え継承しようとする波島を助けながら私に出来る1年を着実に歩きたいと思っています。

考えてもしょうがないことは考えない・・・と言ったことがありました。でも、そうなんです。前を向いて自分の夢に向かって、何よりも自分を信じて今年も一歩踏み出してください。

言い訳をしているうちは何も生まれません。
やらない人に限って言い訳をするのは本当です。潔さがないから言い訳ばっかり。 波島陽子日本舞踊教室は更に今年も前進し続けたいと思っています。

波島も、素晴らしいお弟子さんに囲まれて本当に幸せだな・・・・って思います。
それらの生徒さんやお弟子さんの笑顔とともに2020年も素晴らしい1年にしたいと思っています。

特に本年は波島陽子が芸能生活35周年の記念の年周りです。 何か心に響くようなそんな年にするため多くの皆様のお力をお借りして歩いていく覚悟です。

本年も例年にも倍して何とぞよろしくお願い申し上げます。

元旦

お知らせ
令和2年10月24日(土)
会場:湯沢文化会館(秋田県:湯沢市)
波島陽子故郷での公演「粋と艶との花舞台」


乞うご期待

 波島陽子の2019年

本年も1年お世話になりました。
挨拶-1

平成から令和に移行した記念すべき2019年でしたね。

残念ながら今年も多くの災害が日本を襲いました。  自然災害だけは誰をも恨むことができず、被災された皆様にはお見舞い申し上げるしかないのが歯がゆいくらいです。「頑張って欲しい・・・」としか言いようがないのも辛い年でした。

それでも、頑張れる人は前向いて・・・。そうなんです。前向くことが何よりの「勇気」なんですね。
そしたら、明日に希望がいっぱいになりました。  波島陽子日本舞踊教室は前述のように、コツコツと歩いてとうとう日本舞踊教室のランキングで1位にまで登りつめました。

家元波島陽子に言わせると「お陰様で・・・」となりますが、この謙虚な姿こそ日本の文化なんだと改めて確信が持てた年でした。

お陰様で今年も本当にいろんな人との出会いに恵まれ、まもなく2019年の幕が降りようとしています。
こうして振り返ることは大切ですね! やはりありがとうの1年でしたもの。

生徒さんが多いと、楽しいことだけじゃなく辛く苦しいことも少なくありません。 ご存知のように日本もすっかり様変わりしてしまいました。 正直言葉(会話)など涙が出て来るほど乱れてしまっています。それを若者用語というなら更に悲しくなってしまいますね。テレビや映画で時代劇を観ても、そこに美しさを求めることは本当に困難になって来たことは事実です。

「時代劇は初めてです・・・・」と女優さんが波島に指導を仰ぎにやって来ます。 その動けないといったら目を覆いたくなるほどです。勿論、波島教室にも役者さんになりたい・・・・と頑張っている人は少なくありません。基本からしっかり学びみなその日を待っています。
私が嬉しいのは習いに来る生徒さんの心根です。   さすがに、礼儀正しい人が多いですね。それだけに責任もありますよ。
ところが、今年も1人とても残念なことがありました。可能性があるとみて大舞台に新人を大抜擢したまでは良かったのですが、襦袢他様々なものを貸してあげての出演でその舞台が終わったらまったく音沙汰が無くなってしまいました。勿論お稽古にも来ません!!連絡しても全て通じません。普通事件か事故が起きたのでは・・・・と思いますがその気配なし。 不思議な出来事も5年に1人くらい出てきます。
勿論事情があったんだと思いますが連絡がとれないのはアウトですね(涙)

絶対数がまともな生徒さんが多いだけに不思議を感じています。 いろんな経験をしてハッキリ言えるのは、人生なんでも「覚悟」のない者は大成しないということです。
他人の庭は綺麗に見えると言います。 私は波島の側にいてつくづく感じています。誰一人隔てがなくみな平等に、そして思いやりいっぱいに受け入れ指導する姿は観音像にさえ見えることがありますよ。    だから、この教室の門を叩いた生徒さんには「良かったね・・・」と声を大きく言いたいくらいです。
ご年配の中には足が痛いここが痛いと年齢とともに襲い来る病魔と闘いながら頑張っている人も少なくありません。そんなときの波島の対応はまるでドラマの中を覗いているようです。

こうして今年も無事に終え今年を振り返ってみました。
ディナーショーを含め、2月にはGINZASIX観世能楽堂での舞台で平成の幕を降ろし、令和とともに来年の波島陽子芸能生活35周年特別公演が故郷湯沢市に決定との朗報。
長年都内の中学校の生徒を指導(日本舞踊)して来た功績を称え・・・と教育委員会に特別表彰されたこと。
「頑張ってきて良かったね」・・・でした。

生徒さんやお弟子さんも成長し来年はその舞台で頑張ってもらえる・・・・。 故郷での公演にどれほど心強いでしょう。


艶-1

その相手に地元湯沢市の「湯沢湯乃華芸妓」の皆さんに白羽の矢を充てました。 嬉しかったですね。  ここでも(湯沢)こんなに頑張っているチームが居たんだ・・・と。
このチームについては「湯沢湯乃華芸妓物語」で何度かご紹介済みですが、まだ目を通してない方は是非このブログをさかのぼると閲覧できますのでゆっくりご覧ください。

日に日に評判を上げるこの湯乃華芸妓のみなさん。 主宰者の心根なんでしょうね。 出来れば来年の舞台(タイトル)は「粋と艶の花舞台」としたい・・・・と考えているところです。

長い伝統が消えつつある中、なんとか甦らせたいと立ち上がった主宰者阿部さんこそ「ふるさと再生の旗頭」と言って良いでしょう。

何で!!?、絶えたものを復活させるまるでコンダクターのようなものですね。それがなんと来年5周年になるそうです。

普段、一般には観ることのない「お座敷」の再現は画期的な舞台になることでしょう。
「艶」を担当する湯乃華にはまたとない絶好のチャンスですね。 「この舞台を観ないと損をする」、まさにそんな舞台になること請け合いです。


粋-1

片や波島陽子の代名詞と言われる「粋な世界」。

先日私はたまたま歌舞伎の「瞼の母」を観ました。 長谷川伸先生の作品ですね。映画も舞台もいろんな人が忠太郎を演じて来られました。
しかし、忠太郎をやらせたら淺香光代先生の忠太郎の右に出る者はいない・・・と断言できます。 もしかするとたかが女剣劇くらいにしか見ていない人もいるかも知れない・・・・。 とんでもありません。カッコ良くて粋でいなせで艶があってね!これが芸術だと言って良いでしょう。
その淺香先生にしごかれしごかれ磨きをかけた波島陽子。 全国の新舞踊愛好者のみなさんが、波島陽子が振付けた作品以外踊れない・・・・と豪語するほどです。勿論、本人波島は「とんでもありません、私よりはるかに素晴らしい先生は沢山いらっしゃいます・・・」と本当にどこまでも謙虚です。
そこに、作品に品のようなものが備わるんでしょうね。

来年はその波島陽子が芸能生活35周年、湯乃華芸妓が創立5周年。波島は外に飛び出し東京(えど)は浅草という芸どころでとうとう花をさかせました。そうした外で頑張っている波島と内に居る阿部チーム(湯乃華)が芸で結ばれてふるさと創生の為立ち上がったのです。

これほど素晴らしいお話しは近年耳にしたことがありません。

お互いの世界を観る上でもその相乗効果は計り知れないものがありそうです。

その準備をしながら令和2年の幕を開けようとしています。

今年も本当に多くのみなさんに目を通して頂いた「幸せ探しの部屋」、少しは楽しんで頂けましたでしょうか!?

まもなく2019年から東京オリンピック開催の2020年。
波島陽子も、この記念の年に最高の舞台をお見せしたいと準備に余念がありません。 是非双方の集大成としての「粋と艶の花舞台」にご注目ください。

嬉しいことに、全国から多くの波島作品愛好者の皆さんが駆けつけてくださるとご連絡を頂き、ますます身の引き締まるおもいです。

湯沢湯乃華芸妓のみなさんの踊(ぶたい)も是非楽しみにして頂き旅行のご計画をお立てくださいね。

今年も1年、本当にありがとうございました。  

それではみなさん、どうぞ良い年をお迎えください。 




 風情や人情あってこそ日本

令和最初の羽子板市

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昨日波島陽子日本舞踊教室へ湯沢市の市長がひょっこり顔を覗かせました。
なんでも、台東区の盆踊りに湯沢市のあの素晴らしい「絵灯ろう」が寄付されたことから今度は湯沢市へ台東区から「羽子板」が贈呈されるとのことで上京されたようです。
写真のように今年の世相はそのまま反映されやはりラグビーが羽子板に登場でしたね。「ワンチーム」、なんとも素晴らしいフレーズです。「アメリカンファースト」などと中身が違いますね。
何でもかんでも「・・・・ファースト」と総理大臣までが口にする。私は重みを全然感じませんでした。でも「ワンチーム」はラグビーなのに素晴らしい。それはあの礼儀正しいラグビーというスポーツの精神そのものでした。

ところで、「えっ、なんで寅さん・・・・」と思われる方もいると思います。 寅さんが亡くなって確かもう22~3年になるんじゃないでしょうか!?どんな作品に仕上がったか知りませんが、山田洋二監督渾身の50作目の完成だからでしょう。

人情が死語になるほどの世の中にこの羽子板がしっかり日本を守ってくれていました。

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湯沢市の市長にはどんな羽子板が贈られたのかとっても興味がありますね。 やはり「小野小町」でしょうか!?
出店の前で「あれがいい!これがいい・・・・」と多くの人が眺めます。 「買ってくださいね・・・・」と中からお姉さんの声。
このやりとりだけ聞いていても結構楽しいものです。

湯沢市から「絵灯ろう」ですって!? 絵灯ろうって何ですか!?の人にもう一度素敵な絵灯ろうをお見せしましょう。

絵ー3

これが絵灯ろうです。
風情があり情緒があるでしょう・・・・。 さしずめ山田監督の寅さんに出ても決して不足のない素晴らしい行事(まつり)です。
私もずっとずっと地域振興事業に関わる仕事をして来ましたから「日本のまつり」は本当に沢山観てきました。
来年は10月に湯沢(秋田県)で波島陽子の舞台もあるので是非その前の絵灯ろうまつりは観てみたいですね。
羽子板はやはり日本髪や歌舞伎に題材される作品が多いですが絵灯ろうの女性の美しさ(絵)は半端ではありません。

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屋台は境内いっぱいに広がっていますが、如何ですか!? 行ってみたいと思いませんか!? 眺めていても感動は味わえません。みなさんも知っての通り最近「忘年会スルー」などという言葉が非常に流行っているそうですね(涙)。正直嫌な世の中になりました。理屈なんてなんとでも付けられます。人間関係が希薄になっていく上にまるでそれに輪をかけるように「忘年会スルー」があたかもかっこいいような解釈で巷に流行しているとか!
年賀状などもっと悲しい統計が出ているようです。「スマホであけおめだよ・・・・」!!!???別に私は郵政局の回し者でもなんでもありません。もうこうなったら礼儀などあったものではありませんね。今年も私は800枚近く16日に投函して来ました。
確かに枚数が多くとても手書きでは準備できませんが、それでも年賀は欠かせなく毎年宛名の人の顔を思い出しながら作成しています。
中には忘れかけているご無沙汰続きの人を思い出すこともあります。11月の後半を過ぎると「年賀欠礼」のハガキが何枚か届きます。そのとき、改めてその人とのお付き合いを思い出します。

会社を興してつくづく自分が嫌になったことがありました。20歳代の終わりころです。人って怖いもので良いときは人が寄ってきますが、悪いと離れていきますね。
悪い時こそ付き合えるのが人間の妙味であることも苦しい時に学びました。本当の友人は苦しいときこそ離れず励まし続けてくれました。不思議なのはこうして羽子板を見ていても、そこから郷愁のようなもの、人の心の温もりみたいなものに会えるということです。人の優しさも存分に感じます。
ゆっくりと家族で見に来る。恋人と見て回る。美しい作品に出会うとほっとするゾーンを味わえるから不思議です。

この羽子板を、また絵灯ろうをどんな気持ちで創っているんでしょう。

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平成最後のお正月、つまり平成31年1月に各テレビに登場した一流企業のコマーシャルが3人のお姫様のお正月シーン。羽子板で羽根つきに興じるというあのシーンです。あのCMの指導を私が担当し私には大変なお年玉(笑)でしたね・・・と完成作品を観たものです。
今の若者は羽根つき自体知らないのでは・・・・。頼まれて指導できる私は昭和を代表する人間です(笑)

ひとつ言えるのは「心の大切さ」でしょう。
来年の舞台を一緒にやりましょう・・・・と実は私から持ち掛けました。 初めて興行する怖さは素人では出来るものではありません。
素晴らしい伝統をしっかり守り、故郷の為に財産を投げうってでも継承したいとする主宰者はまさに日本人の中の日本人でした。
こうした素晴らしい人に会えたのも出会いの妙味です。

羽子板にも、絵灯ろうにもしっかり心が描かれています。
主宰者は言いました。「私は岡部さんを信じています・・・・」と。
こんな人が令和の時代に居るんですね。 人の心の分からない人が人を楽しませることなど出来る訳がありません。

私が昔勤めていた会社の事務室にこんな額が掲げられていました。「仕事には智恵を出せ、知恵の出ない者は汗を出せ、知恵も汗も出せない者は静かに去れ」・・・と!!
本気になれということでしょう! 今なら大問題になりかねないですね。しかし、心あればその意味が分かるはずです。表面だけでは羽子板を観ても、絵灯ろうを見てもおそらく感動はないでしょう。

「自分だけは幸せになりたい」、無理です。 周りが幸せになってこそ自分にも幸せは巡ってくるのだから。

日本の風物詩って心が豊かになりますね。 自分が、自分がではなく、一緒に優しさや喜び、悲しさや苦しみを味わえてこそ日本の風物詩は生きてきますよ。

これが古き良きものでしょうか!違いますね。 風情や人情を失くしたら人間でいる意味がないもの。






 令和の忠臣蔵

泉岳寺1-0

最高のお天気に恵まれ、昨日12月14日に泉岳寺にお参りに行ってきました。

泉岳寺駅から外に出ると道路上の多くの人が歓声を上げている場面に遭遇しました。花火です!!
駅から左にそれは綺麗な大輪の花が・・・!! お台場方面です。土曜日ということもあって何かイベントがあったんでしょうか!?
花火を背に泉岳寺に向かうと周りはもう真っ暗ですが、すぐ先に屋台の明かりで泉岳寺はすぐに分かりました。

ここまで暖かな義士祭も珍しいそうです。
浅草はまもなく羽子板市ですが、ここでの行事はあまりにも有名な赤穂の義士祭です。私がここを訪れるのは今回で3回目。
説明するまでもなく吉良邸に討ち入った47人の墓があるお寺さんですね。 暖かかったせいか子供連れ、恋人同士、歴史に興味のある人たち、そして映画や舞台関係者。

今でも歌舞伎などは恒例の忠臣蔵を演じていますが、昔は年末になると決まって「忠臣蔵」でしたね。 主君の仇を討つための壮絶なエピソードは日本人の最も好きなところだからでしょう。こうして15分も電車に乗れば泉岳寺に来れるんだから本当に浅草は便利です。

私も来年の公演が成功しますようにの想いを胸に今回は特別な泉岳寺詣でとなりました。
忠臣蔵は間違いなく当たる・・・と毎年映画や舞台関係者が多く訪れることで有名ですからね。

それぞれの義士の墓に手を合わせながらふと湯沢の芸妓連の主宰者を思い浮かべました。ひとつのことをやり遂げる「覚悟」がとてもダブったからです。勿論秋田のそれは討ち入りではりません。どうしても故郷湯沢を元気にしたい・・・とする心根と実行力で故郷を元気にしたいと立ち上がった人物。
湯沢湯乃華芸妓物語に何度か触れましたが、安定した勤め先をも変えて立ちあげたその決断。誰もが理解できなかったところではないでしょうか!?ご本人曰く周りからいろんな声があったそうです。私はどちらかというとこの主宰者阿部派ですから気持ちは本当によく理解できますね。

偶然私の仕事が波島陽子のプロデュースが本来の仕事でしたから湯沢湯乃華芸妓の舞を観た時はまったく躊躇なく腰を上げました。従って最初のお座敷で踊ってくれた芸妓さんの力は大きかった訳です。
しかし、ここで問題なのが「本物を育てる」というところです。芸の素晴しさが無かったら来年舞台をやりましょう・・・など声掛けはしなかったことを思うとそれは嬉しいです。

波島の郷土愛を日頃から耳にしていたこともあって二人の先生の力は数百倍にもなると信じた訳です。

若いみなさんは別としてご年配のみなさんはこの忠臣蔵の内容を知っていますよね!?
何度観ても、何度聞いても義士は人の鏡としてその忠義を称賛されました。何が何でも大事を成し遂げるということは、そこに添う想像もつかない「覚悟」が無ければ成し得ることはないわけです。

人を大切にする共通点までも阿部さんや波島は一緒です。 秋田の人は凄いんだな~・・・ではなく、特に波島陽子と阿部一人は秋田を代表する人情味豊かな人間であることが分かりました。

それだけに、来年開催される「粋と艶の花舞台」は楽しめて尚観衆の心を掴んで離さない舞台にしたいと思っています。


泉岳寺2-0

この写真にどこか義士の心が見えるような気がしませんか!?

心の故郷と言っていい秋田県湯沢市。 これを機会に是非お一人でも多くのみなさんにその素晴らしさを知って頂きたいですね。
すでに、私のところへ、福岡から、高知から、そして兵庫・大阪・岐阜・金沢、まだまだ新潟・埼玉・千葉・山形、近場の宮城・岩手からも、来年10月24日は湯沢文化会館に陽子先生の踊りを観に行きたい・・・と予約を頂きました。
その皆さんに、「湯沢は波島のふるさとです。ここに立ちあげた地元の芸妓連、私のブログに紹介させて頂いたので見てください」とお願いしたところ、とっても楽しみにしているとのお返事。 ・・・泣きそうです。

思う心の力がどれほど大きいか?!湯乃華芸妓の皆さんの舞にはそれが表現できているからたまりません。

前回、波島の芸能生活30周年は浅草の公会堂での開催でしたが、全篇7時間の公演でした。数えきれないお客様の感想文を整理するのが大変だったことが懐かしく思い出されます。
この感想文は今でも波島陽子のオフィシャルホームページに掲載されていますが、その反響なんでしょうね!これだけ波島教室でお稽古したいと入ってくる人が多いのは。

それがいつの間にか日本舞踊教室のランキングで波島教室が1位にまで上り詰めていたことが何よりの証拠となりました。

「陽子先生の踊りは日本一です」、とお手紙が添えられて振付作品(DVD)の注文にまでつながっているんです。
表現の美しさが心の美しさというのであれば、まさに小野小町の故郷にふさわしい自慢話です。なのに、波島のひとつも自慢することのない謙虚な性格は更に湯乃華芸妓主宰の阿部一人を通じ的確に分かりました。まさに小野小町の故郷は心の故郷なんだ・・・・と。

人を褒めるとき、「よいしょ」・・・・という表現がありますが、そんなことではありません。
日本の伝統を、日本の文化を、日本舞踊という伝統芸を通して故郷湯沢の活性化につなげたいと立ち上がった二人は素晴らしい!!

阿部さん、よかったね・・・・。決して一人じゃなかったね!?名前は一人でも心を寄せて一緒に故郷を元気にしよう・・・とする人が一人、また一人増えていますね~一人さん。

山鹿流の陣太鼓を合図に討ち入った赤穂の義士たち。

大勢が押し寄せた泉岳寺で、線香を持ちずっと並ぶこと40分。 今でもこれだけの人が足を運ぶんだ!!!

来年の舞台、「粋と艶の花舞台」はそうした二人の心意気を中心に素晴らしい舞台に仕上げようと今から腕まくりをしているところです。




プロフィール

岡部俊雄

管理人 : 岡部俊雄
チーフ・プロデューサー
演出家

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